No.36 無策の策!

できるだけ相手のことを知って、さりげなく利他愛の実践をしようと、あれこれ考え行動をしても役に立てない時があります。それどころか、裏目に出たり誤解されて関係が悪化することさえあります。

下記の言葉が、同じような経験を持つ人のお役に立てば幸いです。
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善(よ)かれと思って、はからったことが、善かれと思ったようにはならなくて、思いもかけぬ反対の結果を生み出すことが、しばしばある。思いが足りないのか、はからいが足りないのか、それにはいろいろ原因があるのだろうが、よくよく考えてみれば、やっぱりそこには、何らかの策を弄(ろう)したという跡が目にうつるのである。

善意の策も悪意の策も、策は所詮(しょせん)策にすぎない。悪意の策はもちろんいけないけれども、しかしたとえ善意に基づく策であっても、それが策を弄し、策に堕(だ)するかぎりは、悪意の策と同じくまた決して好ましい姿とは言えないであろう。つまり、何ごとにおいても策なしというのがいちばんいいのである。

無策の策といってしまえば平凡だけれども、策なしということの真意を正しく体得して、はからいを越え、思いを越えて、それを自然の姿でふるまいにあらわすには、それだけのいわば悟りと修練がいるのではなかろうか。

おたがいに事多き日々、思いもかけぬ悩みを悩む前に、時にはこの策なしの境地というものに思いをめぐらせ、心静かに反省してみたいと思うのである。
『道をひらく p.90 「善(よ)かれと思って」松下 幸之助』
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思いを越えて、あるがままの自然な姿で生きましょう。

この宇宙には愛という素晴らしい法則(摂理)があります。その摂理にそった考え、行動は、必ず良い結果に結びつきます。自分の日常を摂理に合わせる努力を通して私たちは成長するようになっています。

あの世もこの世も全部ひっくるめて見れば、完全な平等と公平が行き渡っていて、つじつまがピッタリ合います。

真実一路

日常のできごとを、できるだけ深く広く見て、感じたこと考えたことをそのまま書いていきます。 読者の方の気づき、変化、行動、成長のきっかけになれば幸いです。(毎週金曜日 更新) 当サイトは、リンクフリーです。