No.16 真善美(しんぜんび)

座右の書「シルバーバーチの霊訓」に加えて、時々この本を一字一句かみしめながら読んでいます。
【辛抱する心】
「どんな人がいい人で、どんな人がわるい人か、それは一概にはいえないけれども、国の法を犯す人はもちろんのこと、おたがいによくない人だと思う人びとは、浜の真砂(まさご)のつきざる如く、昔も今もいっこうになくなりはしない。
 
万物すべてかくの如し。真善美(しんぜんび)を求めるのは、人みなの思いだが、どんなに求めても、美ならざるもの、正ならざるものは、やはりなくなりはしない。それはいつの世にも美なるものと相まじわって存在し、美醜(びしゅう)とりまぜて、それでこの自然が成り立っているのである。この世の中が動いているのである。

だからこそ、おたがいに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人もなかなかなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなかったら、いたずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。

人と人とが相寄って、毎日の暮らしを営み、毎日の働きをすすめているのである。いい人ばかりではない。いろんな人がいる。だからおたがいに、いますこし辛抱と寛容の心を養いたいものである。」(道をひらく「松下 幸之助」)以上

真善美を求めるのは、万人共通の想いです。しかし実際には、正しいこと、偽りのもの、美しいもの、醜(みにく)いものなどが世の中には混ざり合って存在しています。なぜでしょう。“ 偽・悪・醜 ” を振りまいている人は、「これは正しい」「これは良いことだ」「これが美しい」と思っているのでしょう。私も他の人から見れば、未熟なところや表現、足りないところなどが多々あるのでしょう、きっと。

一人一人、心の成長レベルは違います。「真善美」の感覚や尺度も異なります。まさに “ 十人十色、千差万別 ” 、意識の階層は無限です!。そのギャップにホトホト疲れ果ててしまうことがあります。でも、それが修行なのでしょう。この地上で意識の違う人同士がぶつかり合い、苦しみ、悩み、そこから何かを学びとり、正しく乗り越えて心を高めていく。それが人生の目的なのでしょう。いま少し辛抱と寛容の心を養わなければなりません。ふぅ〜〜、ファイト!
【おまけ】
真善美
求める心
みな同じ
いましばらくは
忍と寛容

真実一路

日常のできごとを、できるだけ深く広く見て、感じたこと考えたことをそのまま書いていきます。 読者の方の気づき、変化、行動、成長のきっかけになれば幸いです。(毎週金曜日 更新) 当サイトは、リンクフリーです。