No.146  動物の命

今年も一年ありがとうございました。

太陽の恵みに深く感謝いたします。

以下、第六章「霊界でも祝うクリスマスとイースター」〜その本来の意味〜より

 私たち地上の霊的啓蒙活動に従事している霊界の指導的立場にある者は、キリスト教でいうクリスマスとイースターに相当する時期に霊界の奥深く帰還する習わしになっております。

 ご承知の通りその二つの祝祭はキリスト教よりさかのぼる太古において、一年を通じての太陽の勢いの変化を神の働きかけの象徴と受けとめたことがその起源です。
 太古において太陽がその輝きを最高度に発揮する時期(夏至、6月下旬、旧暦5月中旬)が “ 復活 “(よみがえり)の時、つまり大自然が賛歌を奏で、見事な美しさを披露する時とみなされました。言いかえれば蒔かれたタネがその頃に華麗なる成長を遂げると考えたのです。
 それに呼応して冬至(12月下旬、旧暦1月中旬)があります。最高の輝きを見せた太陽が衰えはじめると、大自然はエネルギーを蓄え、根を肥やしながら季節の一巡の終わりを迎えると考えたのです。来るべき夏至にその成長ぶりを披露するのに備えるというわけです。
 そういうわけでクリスマスは永い一年のめぐりの終わりであると同時に、太陽の誕生、新なる生命が地上へ誕生する、その最初の兆しを見せる時期だと、太古の人は考えました。
 
 この二つの時期は太古において大切な意味をもっておりました。と申しますのは、“ 神のお告げ “ はその二つの時期に授けられると信じられたからです。あなたがた現代人は太陽のもつ神秘的な影響力をご存知ありません。太古の人はその時期に今でいう交霊会を何日にもわたって大々的に催したものでした。その時期にたっぷりと啓示をいただいたのです。
 そこで私たち霊団の指導的役割を担う者は、誕生に相当する人生で最も大切なこの時期(クリスマス)に一堂に会して祝い合うのです。その始まりは太陽の影響力への賛美ということでしたが、それは一種の象徴(シンボル)であり、実質的には生命が他の生命へ及ぼす影響力、物質が他の物質へ及ぼす影響力、惑星が他の惑星へ及ぼす影響力、などが含まれております。
 とくに一年のこの時期が選ばれたのは、私たちに協力してくれている霊たちの地上時代に属していた民族が大自然の摂理を基盤とした宗教をもっていたからです。古い時代の人たちにとっては太陽の誕生の祝いが最大の祝いでした。それは新しい年の始まりにほかならないからです。四季のめぐりの終わりであると同時に新しいめぐりの始まりでもあるわけです。
 そうした祝がかつて地上で催されていたことから、これを霊界でも祝うことになりました。もとより、今では霊的な意味をもつようになっております。つまり新しい生命の誕生を祝うのではなく、地上からいったん引き上げて、新しい光を地上へもたらすために霊力の回復を図ることを目的としております。今この仕事に従事している霊団の者は、地上時代は西洋文明を知らない古い民族に属していましたから、(キリスト教的な祝い方と違って)この時期を地上から引き上げて私たちの本来の所属界へ帰還する機会としております。
 帰還すると評議会のようなものを開き、互いに自分たちの霊団の経過報告をし、どこまで計画通りに行き、どこが計画通りに行っていないかを検討し合います。それとともに新たな計画を討議し合います。私たちを地上へ派遣した神庁の方々とお会いするのもその時です。
 その中にかのナザレのイエスの雄姿があるのです。イエスは今なお人類に古来の大真理すなわち“ 愛は摂理の成就なり ” を教える大事業に携わっておられます。

(中略)

 地上のクリスマスシーズンにも愛の精神の発露が見られないわけではありません。それが親切と寛容の形をとり、また施しの精神となって表現されております。旧交を温め、縁を確認し合い、離れ離れになった者が一堂に会するということの中にもそれが見られ、又、かつての恨みはもう忘れようという決意をされることにもなります。
 しかし残念でならないのは、それに先立って大量の動物が殺害されることです。物言わぬ神の子が無益な犠牲とされていることです。 “ 平和の君 ” キリストの誕生がそうした恐ろしい虐殺によって祝われるというのは何と悲しいことでしょう。なぜ平和を祝うために罪もない動物の血が流されねばならないのでしょう。これはまさに地上世界の磔刑(はりつけ)です。罪なき動物に流血の犠牲を強いて平和を祝うとは・・・・
 いつの日か愛と哀れみと慈悲と責任感とが人間を動かし、助けを求める動物たちへの態度を改めることになるでしょう。そうした資質が発揮されるようになってはじめて、罪もない動物への容赦ない流血と残酷と無益な実験も行われなくなることでしょう。地上に真実の平和が訪れ、狼が小羊と並んで寝そべることになりましょう。
(シルバーバーチの霊訓 11巻 第6章からの抜粋)

地上生活での苦しみ・困難を通して自らの心と魂の感度・純度を上げ、愛と哀れみと慈悲と責任感を増し、神の代理人(人間・道具)として、他者と動物と植物へ愛をそそいでいきましょう。
よい年をお迎えください。

真実一路

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