神田 正実

記事一覧(15)

No.15 一人18役

自分とは・・・・人間、息子、兄、会社員、土地家屋調査士、測量士補、宅地建物取引士、夫、親、上司、部下、同僚、野菜の栽培指導員、ファーマー、シンガーソングライター、ブロガー(ブログの筆者)、スピリチュアリスト、霊。・・・・計18コ。私は、それぞれの役割を遂行することの難しさを痛感し悪戦苦闘の日々です。あなたには、いくつの役目があるでしょうか?責任を全う出来ているでしょうか?。周りの人々や動植物のために、それぞれの立場で使命を果たしていきましょう。心を高め、愛のスターター(出発者)として、先に愛し、ずっと愛し、相手を選ばず、摂理にそった正しい真の愛を注ぎ続けていきましょう。なかなか難しいけど、少しでもそうありたいと願っています。そうすればきっと、いや必ず、調和と平和が訪れます。ここで言っている “ 愛 ” は、「おもいやり」や「慈悲心」などを含む “ 利他愛 ” のことであり、恋愛や家族愛とかの利己的な愛ではありません。真の愛(利他愛)には、忍耐と寛容性が要求されます。一日一日、一瞬一瞬を摂理にそわせる地道な努力が必要です。一日に一度は、自分の言動や考え方を振り返る静かな時間を確保して「摂理に合っていたか?利己的な思いはなかったか?これが本当の利他愛につながるか?」などについて内省が必要です。心(魂)の成長は、ゆっくりすぎて、小さすぎて目には見えません。 “ 大海のひとしずく ” のように思えてしまいます。しかし、 “ 千里の道も一歩から ” の言葉どおり、どんなに遠く険しく困難に思えることでも、まずは手近なところから着実に努力を重ねていけば、事を成就できる。目標に近づける、と考えています。一晩で出来上がったものや一気に成長したものは、一瞬にして崩れ去ったり、剥(は)げ落ちたりします。長い年月をかけ、たゆまぬ努力をし少しずつしっかりと織り上げた心(魂)は、永遠の輝きを放ち光量を増し続け、不動の信念が確固たるものとなっていきます。それぞれのポジションで試行錯誤しながら良き道具として最善を尽くしていきましょう。

No .13 “ あの世 ” と “ この世 ”

元気な老後に向けて、今のうちから少しずつ運動習慣と筋肉(筋力)をつけておこうと考えて、スポーツクラブに通い始めて丸1年になります。心身のコンディションをベストに保って、自分の出来ることを少しでも長くコツコツやり続け、微力ではありますが、より良い世界に出来たら、と思っています。スポーツクラブには、仕事帰りにほぼ毎日通って水泳を。仕事が休みの日には、筋トレ、ストレッチ体操、ヨーガなどを実施。月に1回身体測定をして、体重、筋肉量、体脂肪率、身体の部位別サイズなどを数値で確認しています。残業で帰りが遅くなった時や、疲れが溜まっている時は、運動量を減らしたり、休んだりしていますが、2、3日休むと身体がだんだん重たくなって、ジムへ行くのが億劫になり、つい楽なほうへ流され足が遠のいてしまいます。最近ふと「これって人生に似ているな」と思いました。シルバーバーチはこう言っています。「人間はこの世に、心を高めるために来ています。自分の意志で自ら願い出て生まれて来ています。地球はトレーニングセンターです」と。地上は修行場、試練の場です。試練とは「練習の機会を与えられ、試されている」と言うことです。練習の場があると言うことは、本番があると言うことです。本番とは、 “ あの世 “ のことです。“ あの世 “ の時間は永遠に続きます。そこが私たちの本来の居場所です。この世での地上生活は、100年ほどで幕を閉じます。この人生の中で「いかに心を鍛え、高められるか」人間が生きる目的はこれ一点のみです。とてもシンプルです。では、どうやって心を成長させるのか、シルバーバーチは、明確に示してくれています。1つ目は、色々な欲(金銭欲、物欲、名誉欲など)を自分の意志でコントロールして抑制すること。2つ目は、利他愛の実践(世の中をより良くするために自分を役立てること)。3つ目は、苦しみへの正しい対処です。この3つのことを忠実に実行すれば、目的を達成できます。実践していく過程で疲れが溜まってきたら、十分な休養が必要です。そしてまた実践に励む。自分の意志で願い出て、この地球という ” トレーニングセンター “ に来ているのですから、心を鍛え高めなければなりません。自分の心が、どれだけ成長したか、この世では測定できません。でも、あの世に行ったら、一人一人の心の状態(考えていることや、清らかさなど)が誰の目にもはっきりと分かります。包み隠しは一切できません。丸見えです。今のうちから日常生活で “ 摂理にそった正しい生き方・考え方 ” の習慣をつけておかないと、一朝一夕には変われません。あの世に行って丸裸にされても、堂々と暮らせるように、日々、心と体の引き締めに努めたい、そう考えています。

No .12 ひとりごと

一難去ってまた一難!「ふぅ・・・。何でこんなに次から次へと難しいことや、ややこしいことが降りかかってくるんだろう?。」ココロもカラダもグッタリすることがあります。「苦しみや困難が心を高めてくれる」「成長の糧になる」「原因と結果」「未熟な自分を成長させるために、自分で選んだ人生」そう自分に言い聞かせ、頭では理解しているつもりでも、いざ困難に直面すると乗り越えるのに色々な苦しみが生じます。そして、自分自身に聞いています。「これが正しく乗り越えていることになるのか」「他に選択肢はないのか」「ただひたすら耐え忍んだほうがいいのか」「勇気を出して現状を打破するくらいの意気込みで行うべきか?それとも周りとの調和を尊重して穏やかに進めたほうがいいのか」「自分なりの勝手な判断をしていないか」等々・・・・。仕事やプライベートで一日中こんな事を考えていると、心身のエネルギーが枯渇してしまいます。そんなとき私は、水泳をして、天然素材100%の栄養スープを飲んで、できるだけ早く寝て、早朝に霊的真理をじっくり読み込んでいます。「苦しいからと言って、カルマにカルマを重ねてはいけない」「摂理から外れたツケがいま現れている」「リセットするチャンス」「いま摂理にそった良い種を蒔けば必ず良い結果が現れる」「霊的成長の糧!」と、何度も何度も、すぐに忘れてしまう自分に言い聞かせています。「自分は未熟だから今ここにいる」「流れるな涙、心で止まれ♪」「苦しみを正しく乗り越えるために、真理にしがみつき上を向いて歩こう」。きょうも出来るだけ笑顔でいきましょう。長い “ ひとりごと ” でした。

No .11 歌のチカラ

月に一度、神戸で読書会に参加させてもらっています。今月は主催者様が会のはじめに、「みんなで歌をうたいましょう」と仰って2曲印刷した歌詞を配布してくださいました。1つは「フニクリ フニクラ♪」もう1曲は「リパブリック讃歌🎶」。全員起立して、合唱団のCDの歌声に合わせて一緒に歌いました。はじめは、ちょっと恥ずかしかったり、歌い慣れていなかったので小声でした。でも、2、3回歌っているうちに大きな声と調子と元気が出てきました。次回は、もっとしっかり歌いたい、そう思って、小型のレコーダーに録音して、仕事の行き帰りに歩きながら聞いて練習しています。この歌を聞いていると元気が出てきます。自然と太ももが高く上がり、背すじがピンと伸び、両腕を前後に大きく振って、まるで運動会の入場行進のような感じで歩いてしまいます。合唱団の女性の声が流れるように美しく響きます。そしてそこに男性の歌声の力強さと重みが加わり一体となって、美しいハーモニーが生まれます。歌には不思議な力があると思います。歌詞と曲とリズムが一つになって、人の心を癒してくれたり、穏やかな気持ちにしてくれます。まるで自分の事を歌ってくれているかのような歌詞や、聴いた瞬間にポロポロ涙が流れ落ちてくる曲などもあります。一瞬で何十年前、何百年前に戻って “ はっきり、くっきり “ その時を思い出すような感覚になる事があります。その時の “ 風や気温や草花の香り ” まで鮮明に蘇ってくる事があるので、とても不思議です!私は音楽については素人です。でも、ギターの弾き語りを、ほぼ毎月ライブハウスなどでさせてもらっています。まだ、オリジナルは2曲しかありませんが、霊的真理をできるだけ分かりやすい言葉で歌詞の中に入れこんで、小さな種を一粒でも多く蒔きたいと考えています。兵士が武器を置きたくなるような歌ができますように。(祈り)

No.10 思念が現実をつくる

私には特技があります。それは、草花や野菜や樹木と話が出来るということです。人に笑われるかもしれませんが、本当にそうなんです。家からバス停まで歩く間に、近所の植木鉢に植えてある花や、ブロック塀に張り付いたコケや、マンホールのフタのくぼみに溜まった微量の土の上でたくましく生きている小さな草などに朝晩あいさつをしたり、人に気づかれないようにそっと手を振ったりしています。すると草花は、ちゃんと言葉を返してくれて、手も振ってくれます。週末は野菜づくりで、この時期は種を蒔いたり苗を植えたりしています。種を蒔く時も「ちゃんと芽を出してね。待ってるから。でも、ゆっくりで良いよ」と言いながら蒔くと10粒中ほぼ全部可愛い芽を出してくれます。実家に帰った時は、樹齢100年くらいの大先輩の桜の木と話しをしています。子どもの頃お世話になったお礼や、お互いの近況を桜の木と語り合っています。とても楽しいです。「そんなの気のせいだ」と言う人もいるかもしれませんが・・・・。何と言われても良いのです。私の中では本当なのですから。心の持ち方一つで気持ちが大きく変わります。あの世に行ったら、なおさら、それがストレートに強烈に現象化します。今のうちから良き思いを持つ訓練が必要だと思います。思念が現実をつくるのですから。

No.9 アスファルトの割れ目

毎日通る道があります。足元を見たらアスファルトの割れ目から小さな可愛い花が顔を出していました!「すごい!誰も種を蒔いていないのに、こんな厳しい環境の中で根を張って花を咲かせているんだ!」と思い、そのたくましさと、心を和ませてくれる名前も知らない花に、しばらく見とれていました。自然界の植物の種は、風や小鳥たちが運んでくれて、種が落ちた所で根を張って自分の一生をまっとうします。種は、「この場所がいい」とか、「あそこで咲いて暮らしたい」とかの選択の自由はありません。自分の意志に関係なく、タンポポのように風にゆられ自然落下した所でしっかりと生き抜きます。では、人間はどうでしょう。好きな場所に住んでいても、気に入らなければ引越しできます。好きな仕事をはじめても、思うようにいかなければ職場や職種を変えることができます。好きな人と一緒に暮らしていても、気まずくなったら離れることができます。シルバーバーチは、「人間は皆、自分が生まれる国も場所も両親も、環境も、生まれる時期も自分の意志で選んで生まれてくる」と教えてくれています。自分の自由意志で選択して生きることができるこの恵まれた人生を、自分の思い通りに行かないからと言って、「誰かのせいにしていないか?不満に思っていないか?文句を言っていないか?」時どき自問自答しています。

No .8 せいくらべ

新緑が美しい季節になりました。ほぼ毎朝木の下に立って、風にゆれる若葉を見上げ、ゆっくり大きく深呼吸して、小さな幸せを感じています。毎年この時期になると、ギターを弾きながら歌う歌があります。♫「柱のきずは おととしの 五月五日の せいくらべ  ちまきたべたべ にいさんが はかってくれた せいのたけ・・・・♩」(童謡:背くらべ)数年に一度実家に帰ると、私はいつも一本の柱に目がいきます。そこには、幼いころ、父が毎年背丈を測ってくれた私たち三人兄妹の印と名前が黒のマジックで書いてあります。柱もだいぶ黒ずんで色あせてきていますが、とても懐かしい思い出の柱です。この時期、新緑の香りと、みずみずしい若葉を見ると、そのことを思い出します。父が他界して今年で15年が経ちます。父は40代のころから死後の世界について書かれた本を熱心に読んでいました。私がシルバーバーチの霊訓に出会ったのは、父が亡くなってから三年後でしたので伝えることはできませんでした。母には、帰った時に霊的真理について話してあげるようにしています。真理を自らが正しく理解し、シルバーバーチの霊訓を一人でも多くの人に伝えていくことの必要性を強く感じています。4月末、霊的刺激を受ける大変良い出来事がありました。この恩恵と感動をしっかりと今後の行動につなげたいと思い、その翌日、同志と臨時会合をひらき実践内容を確認し合いました。

No.7 人の横に憂いが立っている

私は音楽が好きで、中学生の頃からアコースティックギターの弾き語りをしたり、好きなミュージシャンの歌をよく聞いていました。十代の頃、あるミュージシャンのライブの録音テープを聞いていた時、ボーカルの人がMCでこう言いました。「 “ 優しい ” という漢字を思い浮かべてください。“ 人 ” の横に “ 憂(うれい) ” が立っているでしょう。心の中にいっぱい悲しみの有る人間、それが人にも優しくできるんです」と!私は「そうか!」と思いました。あれから約40年の年月が経ちました。いま本当に心から「そうだな、悲しみ、苦しみ、痛み、辛さなど、多くの悲哀・困難・苦難を体験し乗り越えてきた経験が有ればあるほど、人の気持ちがよく分かるな」と思います。苦しみを甘受し、正しく受け止め、正面から向き合い一つひとつを乗り越えていく。確かにその時は辛くて苦しいけれど、時が経てば「あぁ、あの時のあの苦労が有ったから今の自分が有るんだな、まだまだ未熟だけど少しは成長しているかも」と思えるように取り組んでいきたいです。辛いことなどがあると、時間が経つのが遅く感じます。「でも、人生って一瞬なのかも」と、ふと思う時があります。100年たらずの一瞬の人生を、心を高めるために使っていきたいと思っています。

No. 6 実践は真の理解の証し

いくら良い話を聞いても、良い本を読んでも、単なる知識ではもったいないと思います。知った者としての責任を持ち、実践してこそ価値があります。私のふるさと鹿児島には「島津いろは歌」というのがあります。日々をよりよく生きるために時々、壁に掛かった日めくりカレンダー「島津いろは歌」を読んでいます。その一部をご紹介します。(以下、引用)いにしへの 道を聞いても 唱(とな)えても 我が行いに せずは甲斐なし「聖人や賢人の教えを学び、暗唱することができるほど記憶しても、それを自分の行動に反映させることができなければ価値はない」先人からいかにすばらしい話を聞き、学んだところで、それらを理解しているだけではただの知識に過ぎません。学んだことの本質を血とし肉となして、実行してこそ、その知識は価値あるものとなります。つまり、人間としての道徳や知識は実践を伴わなければ意味がないということです。(以上、引用)理解の深さは人によって様々です。心の奥底でしっかり理解して、その大切さを充分に認識した時に初めて人間は行動するのでしょう。自分は実践できているか?自問自答の日々です。今日と明日は仕事で東京に出張です。問題山積ですが、今できることを身近なところから着実に実行していこうと思っています。簡単なようで難しいけれど、実践、また実践です。きょうは、二十四節気の穀雨(こくう)です。雨のおかげで穀物はうるおい成長します。一つの方向からだけで見ると、雨の日は足元が濡れたり、洗濯物が乾きにくかったりしてマイナスの面だけを意識してしまいがちですが、多様な視点で見るとありがたい恵みの雨です。広い視野を持って人生を歩めるように努めたいものです。

No.4 自分の人生を自分で選び承知の上で生まれてくる

今から40年ほど前の私が小学生だったころの話です。私は鹿児島県霧島市で、両親が日用品や食料品などを販売するお店の長男として生まれ育ちました。小さな田舎町ですので、お店と言ってもこじんまりとした規模で、住まいと店が障子一枚で仕切られた店舗住居一体型の家で、お客さんの話し声はとてもよく聞こえていました。夕方は買い物客で賑わっていましたが、それ以外の時間帯はのんびりとした雰囲気で、買い物に来たお客さんと母は、イスに座ってよく世間話などをしていました。ある日、買い物を終えた1人の女性客と母が話をしていました。でもいつも聞こえてくる世間話の雰囲気と違って何か深刻なことを話しているのが子どもだった私にも分かりました。その人は小さな声で、泣きながら「辛くてたまらない、何でこんなに目に合うんだろう、何でこんなに苦しいんだろう」、そんな内容のことを1時間くらいかけて話していました。母は涙声で時々相づちをうちながらずっと聞いていました。そしてその人に母は「人間は生まれる前から、自分でどんな人生をたどるか承知の上で生まれてきてるんやで、だから気持ちをしっかり持って前向きに頑張りや大丈夫やから・・・・」と励ましていました。私はその人が帰ってから母に「さっきの、承知の上で生まれてくるって話は本当?」と聞いたら、「うん、本当やで、おばあちゃんが、そう教えてくれた」と言いました。私はその後何十年もその事を忘れていました。そして10年ほど前シルバーバーチの霊訓と出会い、「人間は霊的成長をするためにこの地上に来ている。自分の課題を克服するために最もふさわしい環境と身体を自らの意志で選んで再生してきている。類魂を代表して類魂全体の進化向上のために、そして自分のカルマを解消し、霊的成長を遂げるために自ら願い出てこの地上に来ている」そんな内容を読んだ時に、忘れかけていた心の奥底にあるものが少しずつ、確実によみがえってきました。そして今、その事をしっかりと胸に刻んで、この肉体が朽ち果てるその日まで、そのギリギリの瞬間まで、自分の意志で選んだこの道をしっかりと上を向いて歩いて行こうと・・・・すぐに忘れてしまう自分に何度も、何度も、言い聞かせています。