神田 正実

記事一覧(58)

No .58  春夏秋冬に学ぶ

やっと暖かい日が増えてきました。朝、玄関を出るとやわらかい空気と、草花のかすかな香りがどこからともなく漂ってきます。コートなしの軽装でゆっくり歩きながら、若葉が出はじめている木々を観察しています。穏やかな季節になりました。これは、真冬の寒さや、夏のきびいしい暑さがあるから、春ののどかさや、秋風の涼しさが分かるのでしょう。ずっと春だったら・・・、ずっと秋だったら・・・・そのありがたさは分かりません。日常生活(仕事や家事)の中で本当に “ガッカリ”することも少なくありません。自己中心的な人、傲慢な人、愚痴や暴言を繰り返す人・・・・・。情けなくなってきます。が、しかし、気を取り直して自分に言い聞かせています。「人の振り見て我が振り直せ」「自分も似たようなことをしていないか?」「相手は自分の鏡」「自分を見つめ直すチャンス」と。そして相手に対して、「一日も早く謙虚な道を歩き出せますように」「魂の成長ができますように」と祈っています。相手も神の子、必ず一人の守護霊が付いています。「どうか心を高める生き方(霊的成長)ができますように」。春夏秋冬を体験するから、それぞれの良さが分かります。喜怒哀楽を体験するから、いろいろなことが学べます。「人生は修行。相手とぶつかるのは同じレベルだから」「心を高めていこう」何度も何度も自分に言い聞かせています。

No.57 心と体の備え

いつもお世話になている、「健康フレンド(ホリスティック栄養学にもとづく食生活改善をサポートする団体)愛知県豊橋市」から、災害時の備蓄食と飲料が届きました。定期的に中身の入れ替えのお便りをいただきながら、賞味期限を見て更新しています。期限間近になったものは自分で食べたり、一人暮らしをしている息子に渡したりしています。送られてくる荷物には健康フレンドさんの愛情もいっぱい詰まっています。梱包も、段ボール箱が輸送中に痛まないように優しい工夫が・・・。箱を開けると中には、商品名、数量、賞味期限が一目でわかるように色分けした一覧表のシールが入っています。そして今回も、嬉しいポストカード。「イワカガミ(花)」の写真に “人々が愛と奉仕の摂理にのっとって生きるようになったとき平和が訪れるのです” のメッセージを添えてありました。「健康フレンドさま、いつも愛情たっぷりの品物とメッセージカードと細やかな心くばり、ありがとうございます。」2019年1月、このブログのNo.46に「自然食品店」のことを書いたとき、九州にお住いの方からお問い合わせのメールをいただき、健康フレンドさんをご紹介しました。その後、商品を購入されたとのことで、喜びのお便りをいただきました。健康・健全な心と体のために、いろいろな輪が広がっていくように願っています。平成の時代、日本は戦争はありませんでしたが、災害の多い時代でした。「備えあれば憂(うれ)いなし」。体のために備蓄食と飲料を。心のために霊的真理を。

No.55 『土』と『霊』

地球(海と陸地)には多くの動物や植物が棲(す)んでいます。緑の地球。母なる大地。大地は、いろいろなものを産み育ててくれます。そこには草花や樹木が育ち、その植物を食べたり利用しながら人間や動物は生きています。生命のあるもの(動植物)は、いつかは死を迎え大地に横たわります。そして太陽と空気と水、そして土の中にすんでいる目に見えない微生物によって分解され、土の中へ還ってゆきます。その養分を吸収して、また新しい植物が育ち、それを動物(人間)が食べて命をつなぎます。 大地(土壌)は、「生産者」であり「分解者」です。目に見えない土の中と大気中に再生(生産と分解)の機能が備わっていて永遠の循環を支えています。「土っておもしろい!すごい!土の中って、いったいどうなっているんだろう?これって、“ 霊的真理の再生 ” に似ているな!?」と思ったのが受験の動機でした。私は、土壌医 検定試験 3級(2019年2月実施。3月結果発表)に合格して、「土づくりアドバイザー」になりました。目に見えない『土』の世界を分かりやすく説明して、土づくりの大切さを伝え、健康な野菜づくりのお手伝いをしたい。目に見えない『霊』の世界を分かりやすく説明して、心を高める大切さを伝え、健康な心身づくりのお手伝いをしたい。これが私の使命です。

No.54  今できること、すべきこと

ここひと月ほど仕事以外でもパソコンに向かう時間が多くなりました。早朝や帰宅後の夜や、仕事が休みの日は8時間ほどパソコンをさわっています。シルバーバーチが教えてくれたことを、一人でも多くの人に分かりやすく伝えたい、そう思って取り組んでいます。不慣れなソフトの取り扱などに苦労して、3歩進んでは2歩後退しながらも少しづつ進んでいます。元々、小学生の頃から好きだった教科は体育、音楽、図工。楽しみだったのは給食と昼休みに野球やサッカーなどをすることだったので、室内で静かにパソコンと向き合うのは、ちょっと自分らしくないのかも、と思っています。が、しかし、自分の心と体を元気にしてくれたシルバーバーチの教えを周りの人たちに手渡していきたい、そう思って取り組んでいます。一段落したら、畑とウォーキングとギターの弾き語りの時間を少しだけ確保してリフレッシュすることを楽しみにしています。「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉どおり、大阪も日中は暖かくなってきました。三日おきくらいに降る雨で土が乾かず、三月初旬から借りた市民農園の土づくり(堆肥や肥料の混入)は、手がつけられない状態が続いています。「今はしっかり真理の伝道の準備をしなさい」との天からのメッセージなのかもしれません。自然の摂理に沿って、その日一日、その場の一時間、今の1分・1秒を大切に生きようと思っています。

No.53 素直に生きる

心をおだやかに、素直な澄んだ心で、一つひとつを乗り越えてゆけますように。逆境に正しく立ち向かい、嵐に耐え抜き。順境にもなお謙虚に、思いやりの心を持って生きてゆけますように。「逆境ーーーそれはその人に与えられた尊い試練であり、この境涯にきたえられてきた人はまことに強靭である。古来、偉大なる人は、逆境にもまれながらも、不屈の精神で生き抜いた経験を数多く持っている。まことに逆境は尊い。だが、これを尊ぶあまりに、これにとらわれ、逆境でなければ人間が完成しないと思いこむことは、一種の偏見ではなかろうか。逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、その与えられた境涯に素直に生きることである。謙虚の心を忘れぬことである。素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚(うぬぼ)れを生む。逆境、順境そのいずれをも問わぬ。それはそのときのその人に与えられた一つの運命である。ただその境涯に素直に生きるがよい。素直さは人を強く正しく聡明にする。逆境に素直に生き抜いてきた人、順境に素直に伸びてきた人、その道程は異なっても、同じ強さと正しさと聡明さを持つ。おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく、素直にその境涯に生きてゆきたいものである。」松下幸之助 道をひらく p.12「素直に生きる」よりとらわれず、あるがままの状態を受け止め、そして静かに受け入れる。かたい意志と、決して折れないやわらかい心と。相反するものをあわせ持つ難しさと、バランスの大切さを時々つよく感じます。

No.52 現在・過去・未来

「その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きることです。明日のことを思い患うことなく “今” という時に最善を尽くすのです。あなたが煩悩をもつ人間的存在であり、未熟であることは、神は先刻ご承知です。だからこそ地上に来ているわけです。もしも完全であれば、今そこに存在していないはずです。地上生活の目的はその不完全なところを一つでも無くしていくこと、それに尽きます。」シルバーバーチの霊訓(潮文社)12巻 p .150シルバーバーチが降ろしてくれた膨大な量の掲示。上記抜粋はその中の一部ですが、私の心を鼓舞してくれる大切な言葉の一つです。ここ十日間ほど同じ箇所を繰り返し読んでいます。今の一分・一秒に意識を注いで大切に生きる。その積み重ねが一時間になり、一日になり、一か月に、一年に、一生になる。しずくが集まり川になる。人生も日々の集まり。終わったことを嘆かず、悔やまず、愚痴らず、心を成長させる糧にする。先のことをアレコレ考えて取り越し苦労をしない。過去を活かして今をより良く生きる。過去の自分の行いが結果として今あらわれている。今この時に最善を尽くして努力すことが、5年後、10年後の自分の未来をつくる。不完全なところを一つでも無くすために、その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きましょう。

No.51 「2.22」の強烈な記憶

先月の22日は、祖母の命日でした。亡くなったのは、昭和52年2月22日。「2」が続いていたので今でもよく覚えています。当時私は小学6年。鹿児島では珍しく薄っすらと雪が積もっていました。通夜で初めて、人が死んだ姿を見て恐怖を感じました。40数年前はまだ土葬。膝を立てて体育座りの状態で、円柱状の棺に入れられる祖母。その棺にロープをかけ横棒を通して前後で4人くらいの人がかついで、祖父母の家から墓までの細い山道を歩き、その後ろを親族や地域の人たちがついて行きます。墓の穴は、数時間前に地域の人たちが掘ってくれています。「女性は執念深いから出てこないように男性よりも30cmほど深く掘る」と聞かされました!?15分ほど歩いて墓に到着。もう一度、お経をあげ、棺のふたを開けて祖母の姿に最後のお別れ。静かに墓穴に納められ、少しずつ土をかぶせていきます。すすり泣きが、号泣に・・・・。子どもだった私の胸は強烈に締めつけられ、「なぜ人は死ぬんだろう?死んだらどうなるんだろう?自分は絶対に死にたくない」そう思いました。40数年前のことですが、鮮明に記憶していて、五感によみがえってきます。なぜ生まれてくるのか、何のために生きるのか、死んだらどうなるのか等々の正しい知識を正確に分かりやすく伝えていきたい、そう思っています。

No.50 節目

おかげさまで、このブログは今日で50回目の更新になりました。書き始めてこの2月でまる1年になり、50回目の記事を書くことができることに感謝しています。心と体の調子に左右され、内容に波(ムラ)があったりバランスを欠いていることもあったことと思います。そして今後もあるかもしれません。未熟で平凡な人間が書いていますので、そこはご勘弁いただければと思っています。日々の生活の中で心は常に揺れ動き、教わった真理が吹き飛んでしまうことも少なくありません。“ 理解しているつもり ” になっている自分に気づかされ、イヤというほど自分の弱さを味わう時があります。そんな時は、一人静かに自分の内面を見つめ、霊的真理に照らして内省しています。物欲・金銭欲・本能的欲求をコントロールし、自分を周りのヒト・モノ・コトに役立て、学んだ知識と経験を周りに手渡し、辛苦に耐え抜き、常に神へ語りかけながら、地道に実践に努めたい、実践あるのみ。目立たず、おごらず、謙虚な心で道具意識に徹し一歩いっぽ確実に歩いて行こうと自分に言い聞かせています。このブログを読んで、各地の方々がメッセージを送ってくださるようになりました。ありがたいことです。100回目の記事に到達できればいいなと思っていますが、あまり先のことをあれこれ考えず、足元をしっかり見つめながら一つひとつ積み重ねて行こうと思っています。毎週読んでくださり、ありがとうございます。ともに、この地上人生を力強く明るく笑顔で歩いて行きましょう。

No.49 足りないながらも一歩を踏み出す

艱難辛苦に遭遇し奮闘していた30代。人生の指針を探し求めてさ迷い続けた10年間でした。でも、探しても探してもその答は見つかりませんでした。「万策尽きた。この世には絶対不変の生きる指針はないのかも」と、諦めかけていた時に「シルバーバーチの霊訓」に出会ったのは40歳になった頃でした。出会ってから10年以上が経ちました。正しい理解、正しい実践のために365日霊訓を読み、毎月学習会に参加したり、友人と勉強会を10年以上続けてきました。それでも、まだまだ未熟な自分に辟易する時があります。しかし、未熟な自分でも、もうそろそろ人のお役に立つことをしなければならない時期なのかも、と考え始めています。足りないながらも一歩を踏み出す時期なのかもと思っています。私は自分の寿命を、父が亡くなった歳と同じに仮定しています。すると、あと8年です!それより早く逝くかもしれませんし長生きするかもしれません。8年の年月は一瞬だと思います。仕事、家庭等々いろいろな制約がありますが、多くの困難や障害の中で今できる範囲で最善を尽くして取り組むことが大事なのでしょう。決して焦らず、謙虚に誠実に正しい伝道に努め、導かれたことへの感謝と、信頼と忍耐をもって人生を捧げる決意で、真理伝道の準備を進めたい、そう考えています。

No.48 いつも明るく楽天的に

一難去ってまた一難。やれやれと思っていたのもつかの間、またまた次の災難が・・・・。シルバーバーチは言っています。「日々の生活でいかなる問題が生じようと、それによって気が滅入るようなことがあってはなりません。私はバラ色の人生、何の苦労もないらくな人生をお約束することはできません。お約束ができるのは、霊的存在としての本来の生き方に徹していれば、必ずや霊的向上が得られるということです。そうなって初めて物質の世界へ誕生してきた甲斐があったことになるのです」と。すがるような思いで毎朝一字一句をかみしめ、自分の魂にエネルギーを注いでいます。次々にやってくる困難や障害に、「自分で蒔いた種。自業自得。リセットするチャンス・・・」と言い聞かせ、時々、この本も読んでいます。--------------------------------------------何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、この世の中はまことに安泰、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗り切って、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪(のろ)わしく、人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう。憂事に直面しても、これを恐れてはならない。しりごみしてはならない。“心配またよし”である。心配や憂は新しくものを考え出す一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。力をしぼる。知恵をしぼる。するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである。まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。道をひらく 松下幸之助 p.106 心配またよし--------------------------------------------苦難の意義、重要性、正しい対処の仕方などを理解し、正しい実践に努め、一つ一つの機会をとらえてしっかり体得し心の成長の糧にしよう。すぐに忘れてしまう自分に何度も何度も言い聞かせ、自分を励まし続けています。

No.47 この世の仕組み

毎朝静かに目をとじて、心を静めてから本を読んでいます。「あなたが人間であり、それゆえに転ぶこともあることは私も知っております。ですが、悩みごとが次第に大きく感じられてきた時、そこでしっかりと踏みとどまり、いかなる悩みごとも、実在である霊の光を曇らせることはできないのだという認識を新たにすることができれば、心晴れやかとなり絶対に克服してみせるとの信念が湧いてまいります。これは実に厳しい教訓ではあります。が、もしらくに達成できるものであれば、求める価値はないことになります。両手に花とはまいりません。何かを成就せんとすればまず自我を鍛えないといけません。鍛錬の必要のないほどのものであれば、自我の開発にはつながりません。」SB転ぶこともしばしばです。心の悩み、体の悩み・・・・。尽きることはありません。しかし、どこかで踏みとどまらなければなりません。適度な運動をして汗を流し、十分な休養をとり、正しい食生活を心がけ、心を支えてくれる本を読んで踏みとどまらなければなりません。難事を解決するためにたゆまぬ努力をする事に価値があるのです。一朝一夕に乗り越えることはできませんが、長い年月をかけて克服し、それを通して鍛え上げた精神は不動のものとなり確固たる信念が築かれます。手っ取り早く手に入れたものは、一瞬にして崩れ去ります。困難に遭遇しそれを正面から受け止め、正しく対処することで心が磨かれ鍛え上げられます。時には苦しみや困難に困り果て、これまでの生き方を問い直し、方向転換をすることもあります。それはリセットするチャンスです。改めるべきは改め、乗り越えるべきは正しく乗り越え、必死に奮闘努力する中で私たちは成長します。すべては意志の力です。人間は肉体をまとっているために、時間や空間の制約を受けています。この地球上には様々な意識レベルの人たちがいるので互いにいろいろなことに翻弄されて、思うように事が運びません。しかし、死んであの世に帰ったらすべてが意志の力(思念)で成り立っている事に気がつきます(思い出します)。私たちは「強い意志」と「摂理にそった考え方・行動」を身に付けるために、今地上で練習をしています。自分を励まし重い肉体を動かすことで心が鍛えられ意志が強くなります。摂理からそれると肉体に痛みが生じたり、他者との摩擦などを通して気付かされ、摂理にそうように軌道修正・リセットの機会を得ます。苦しみや困難、悲しみ、痛みなどの尽きない地上人生ではありますが、永遠の目で見ると実にありがたい仕組みになっています。