神田 正実

記事一覧(22)

No.22 使命

もうすぐ73回目の終戦記念日。遠い昔の出来事のようだけど、身近かな最近のこと。毎年この時期になると、十数年前に行った知覧(ちらん)特攻平和会館(所在地 鹿児島県南九州市) 旧 川辺郡知覧町を思い出します。終戦直前に多くの若者が南方の戦地へ飛び立って行きました。(知覧飛行場 出撃者436人。鹿児島 加世田(かせだ)万世(ばんせい)飛行場 出撃者201人)。決死の覚悟で戦闘機に乗り込む10代、20代の戦士。離陸して翼を2、3回上下に振って地上へ最後の別れの挨拶。それを見送る家族と地元の女学生たちと美しい山容の開聞岳(かいもんだけ)。青い海と空、開聞岳(別名 薩摩富士)を見ながら、爆弾を積んだ飛行機で2時間半後には敵機(敵艦)に体当りする若者の心境と魂の痛烈な叫びが、私の心に深く刺さります。いつの日かまた、知覧と加世田を丸一日かけて訪問し、御霊とゆっくり語り合いたいと思っています。73回目の終戦を機に、いま自分は何をすべきか、残りの人生でやるべきことは何か、を再認識することができました。それは、戦争・紛争などの悲劇をなくすこと、人間とは?、死んだらどうなるのか?、何のために生きるのかなどについての正しい知識を伝えていくことです。自分の真理の学習時間をさらに増やし、正しい理解、正しい実践に努めます。【参考】このブログ “ 真実一路 ” のホーム写真は、開聞岳(かいもんだけ)です。“ 開聞岳は、鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。1964年(昭和39年)に、霧島屋久国立公園に指定された。山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名「薩摩富士」とも呼ばれる。所在地は鹿児島県指宿市(いぶすきし)。ウイキペディアより。”

No . 21 神を実感

平屋の木造校舎と裏山が   沈む夕日に照らされて  真っ赤に染まっています    山からは蝉(セミ)しぐれ  ヒグラシの二部輪唱   ステレオ放送校庭に一人たたずんで “ 神さまの温かい手 ” に そっと包まれた感覚に感動し       この気持ちを誰かに伝えたい   誰かと一緒に感じたい   喜びを分かち合いたい   でもどうやって表現したらいいんだろう?   小学生だった私は  そう思いました。   当時の気持ちを文字にしたら、ちょっと味気ない感じですが、あれから40数年経った今、忘れかけていたあの時の感覚と感動が鮮明に蘇ってきて、今まさに真実の神を体験しているかのような幸せな空気に包まれて、少しずつ素直に文字にする事ができるようになってきました。稚拙(ちせつ)な文章ではありますが、このブログを読んでくださりありがとうございます。毎日どなたかが訪問してくださっていることに、感謝と身の引き締まる思いです。日常のどこにでもあるような出来事や、思い出話しなどを、霊的視野で、何かのお役に立てばと思って書いています。あなたの元気、気づき、励み、感動の素とエネルギー補給に役立っていたら嬉しいです。今後も毎週心を込めて書き綴ってまいりますので、よろしければ末永くお付き合いください。

No.20 美男美女

目の調子がおかしかったので眼科に行きました。症状は、2、3カ月前から眼球を左右に動かすたびに、目の前を虫のようなものが左右に飛び交い、目がとても疲れてしまうのです。診察の結果「異常なし。大丈夫。症状は少しずつ自然に落ち着きます」とのこと。眼科医 :「神田さん、これは長生きできた証拠なんですよ。喜ぶべきことなんですよ」私 :「あっ、そうなんですか。へぇー、分かりました(^_^)」病院を出て、帰りの電車の中でふと思いました。「それって、年をとったってこと?ひょっとして老化現象?」まさかと思ってネットで調べたら「飛蚊症(ひぶんしょう)」と言う症状で加齢などが原因のようです。「あの先生うまいこと言うな!」と思い、自分の気づきの遅さと、先生のユーモアに、一人で大笑いしてしまいました。言い方ひとつで受け止め方が大きく変わります。言葉って大事ですね。心で思っていることは、言葉、口調、態度、行動、仕草、目、表情などに現れます。表情とは、情が表に現れること。つまり心で思っていることや考えていることが顔などに自然と出てきます。気合いの入った人は、気合いが入った顔に。おっとりした考えの人は、おっとりした顔に。優しい人は、優しい穏やかな顔になります。顔は心の履歴書だと思います。毎日、毎日どんなことを考えて生きてきたか、顔に日々書き込まれていくのでしょう。これは消しゴムでは消せませし、取り替えもできません。一生ついてまわります。とはいえ今からでも遅くはありません。質素で清らかな生活と謙虚な心、自分を他人のために役立てる生き方、苦しみや困難を正しく乗り越えていくための努力、霊的真理の学習・理解・実践に励めば、きっと、いや必ず、いつかは誠実で温厚でさわやかな顔だち・表情になれると信じています。なれるまで努力し続けようと思っています。なっていなかったら、まだまだ努力が足りない証拠です。「諦(あきら)めてはいけない。 “ 霊的イケメン ” になれるまでガンバレ」と自分を励ましています。一緒に “ 霊的美女・美男 ” を目指しましょう。素敵な世界・地球にしていきましょう^_^

No.19 ひとりの手 みんなの手

2年前からインターネットテレビの年会員になって、毎週1回2時間の放送を見ています。言論テレビ 「君の一歩が朝(あした)を変える!」責任総編集・櫻井よしこ(毎週金曜・夜9持から、櫻井よしこの書斎から生放送します。様々な分野の専門家をゲストに招き、議論しながらオピニオンまで高めていく番組です。)今週のテーマだけは、辛すぎて見るのを躊躇していました。が、「現実に向き合わなければ」と自分に言い聞かせ見ることにしました。児童虐待死の問題です。幼子の結愛(ゆあ)ちゃんが残した言葉。「もうパパとママにいわれなくても   しっかりとじぶんからきょうよりか もっともっとあしたは できるようにするからもうおねがい ゆるして ゆるしてください」5歳児の悲痛な叫びです。現状の問題点、今後の対策などについて専門家を交えて2時間の放送でした。【概要】“ 我が国の児童相談所の問題、警察の問題、政治の問題などを具体的に論じ、どこに落とし穴があったのかを明らかにしました。(中略)その第一歩として児童相談所と警察の間での全件情報共有を私たちの力で実現させていこうと約束しました。これからも続けて児童虐待のニュースを追っていきます。以上(番組記事抜粋) ”私たちの国や世界では色々な問題が山積しています。問題解決のために政治家、行政職員、専門家、NPOなど多くの団体や個人が取り組んでいます。そしてそれなりに成果を上げ、一部では改善もみられているようです。しかし、根本的な解決には至っていません。今後も今しばらくはこの状態が続くことでしょう。これは、健康のこととも少し似ていると思います。病気になって痛いから、苦しいから病院に行く。薬を飲む。手術をする。症状を抑える、患部を切除する。確かに医学が進歩して、ある意味良い世の中なのかもしれません。でもそれは対処療法です。これでは今後も病人が増え続け、医療費は増大の一途です。ものの見方、考え方、食、生活習慣を見直さないかぎり本当の解決にはなりません。病気にならない生き方(予防)が大切です。健康に生きるためには、心、食、休養、適度な運動が必要です。社会問題の解決にも、心がとても大きな要素を占めていると思います。現代社会は「物質中心主義」と「利己主義」に覆われ、それによって引き起こされている1つの現象(悲劇) が “ 精神の堕落・退廃 ” です。この問題の解決なくして「健康な身体」と「健全な社会」は築けないと考えています。即効性のある現実的な対応策と遅効性ではありますが、真の解決に必要な知識(霊的真理)の教育・普及が必要です。心の問題は目には見えません。心を高める教育などに取り組んでも、どれだけ心が成長したのか客観的に確認はできません。でも、この10年間を振り返ってみると、少しずつではありますが自分や周りの人たちの確実な進化・向上を実感することができます。「心のあり方が全ての問題解決のカギ、時間は掛かる、自分たちが生きている間には成果は見えないかも。けれど、これが真の解決方法。霊的真理を正しく理解し、正しく実践・普及しよう。」そんな強い信念を持った同志が確実に増え、つながってきています。「♪一人の小さな手  何もできないけど     それでもみんなの  手と手を合わせれば  何かできる  何かできる〜〜♪(^_^)」やり抜きましょう。

No.18 「しが なっで よか」

母から聞いた話です。叔母(おば)が少し愚痴を言っていたそうです。叔母 :「夫の姉夫婦が法事と観光を兼ねて、4泊5日で泊まりに来る。掃除もしておかないといけないし、三食の準備も大変。はぁ〜。」母 :「カナエ(叔母) ちゃん “ しが なっで よか ” (鹿児島弁)と考えたほうがいいよ」と言ったそうです。「しが  なっで  よか」とは?=「することが  できて   よい」= つまり相手のために犠牲を払えることは幸せなこと、喜ぶべきこと、の意味。「憂鬱だな、面倒だな。なぜ私がしないといけないの?」とかの思いが出てきそうになったら、「しが  なっで  よか」と心の中で唱えたら気持ちが軽くなります。やる以上は丁寧に気持ち良くやったほうがいい。鹿児島では聞き慣れた普通の言葉なのですが、母の考え方と説明に「なるほど!そうか」と目からウロコでした。衣食住が満たされ、元気で、人のために奉仕ができるのは幸せなことだと思います。7年くらい前に聞いたシンプルな言葉ですが、時々思い出して自分に言い聞かせています。「しが  なっで  よか」=「することが できて   よい」=「 他人のために自分を活かせる機会に恵まれ、役立つことは良いこと、ありがたいこと」と考えていきましょう。きょうも笑顔で(^_^)

No.17 仲間たちと一緒に!

15年くらい前、自分の体調不良とその後の回復をきっかけに、「何か人のためになる事をしたい、自分を役立てたい」と思って実行に移しました。「森林ボランティア」「政治活動(地元の若手議員さんを中心に市民の一員として参加)」「地域の清掃・防犯委員」「半農半X(エックス)=農的暮らしと自分の好きな事、得意な事を世に活かす生き方」など。どれも、それなりに手ごたえを感じました。得るものも多かったと思います。環境破壊の防止。子供や大人たちへ森林整備体験のサポートと教育。大量生産、大量消費、大量廃棄社会解消への取り組み。経済最優先の生き方の是正など。でも、3年、5年と続けるうちに少しずつ疑問がわいてきました。「これが本当に人のためになっているか」「これが根本的な問題解決につながるか」「永遠、普遍の真の善が何か他にあるのでは」と。それからしばらくして、「シルバーバーチの霊訓」と出会いました。私は、それまで宗教は大の苦手でした。過去に色々な宗教組織から勧誘された事がありましたが全て断りました。なので、シルバーバーチの霊訓の本を勧められても初めは素直に読む気にはなれませんでした。「でも、親友のすすめだし、尊敬している稲盛和夫(京セラ創業者)さんが、全国の若手経営者を相手にした経営塾でシルバーバーチの事を熱く語っておられるし、稲盛さんの著書 “ 哲学 ” にもシルバーバーチの事が書いてある。とりあえず霊訓を1冊買って半分くらいまでは我慢して読んでみよう」と思いました。それが私の幸せの始まりでした!数十ページ読んだところで、「これは、この世の言葉ではない!誰かが考えて書いた文章ではない!」と直感し、神の存在を実感する事ができました。一言一言が魂の奥底まで響き、染み渡って胸が熱くなり堰(せき)を切ったように涙が。これまで抱いていた疑問、不安、不満、迷いなどの訳がはっきりと分かりました。それ以来ずっと、しがみつくように霊訓を読み続け、ここ数年は、スピリチュアリズム普及会のHPも拝読しています。そこには、「愛の対象の範囲」「与える内容」(何をすれば真に人のためになるのか)などが明確に書いてあります。与える内容は、1.「霊的真理(知識)」と2.「肉体の維持に必要な最低限の食料や物資」です。1番目の真理の伝道については、自ら励むとともに、普及活動をしている同志たちと一緒に力を合わせて、正しい理解と正しい実践ができるように取り組み、サポート役にも徹したいと考えています。2番目については、「食料」に的を絞って注力したいです。自ら米や野菜生産の自給率を上げて少しずつでも分配できたらと考えています。また、十数年やっている野菜の栽培指導を今後も継続し、農にたずさわる人を増やし、生産者(供給者)の育成に努めます。農的な暮らしをする人を増やして、雇用機会の創出、一人一人に合った働き方(適材適所)、やりがい、生きがい、スローで質素な暮らしの実現につなげたいと思っています。いつの日か仲間たちと一緒に、田畑付きの古民家(真理普及の拠点)で囲炉裏を囲んで、野菜の鍋などをつつきながら、真理を静かに楽しく穏やかに語り合い、時々うたも歌いたいです♫

No.16 真善美(しんぜんび)

座右の書「シルバーバーチの霊訓」に加えて、時々この本を一字一句かみしめながら読んでいます。【辛抱する心】「どんな人がいい人で、どんな人がわるい人か、それは一概にはいえないけれども、国の法を犯す人はもちろんのこと、おたがいによくない人だと思う人びとは、浜の真砂(まさご)のつきざる如く、昔も今もいっこうになくなりはしない。 万物すべてかくの如し。真善美(しんぜんび)を求めるのは、人みなの思いだが、どんなに求めても、美ならざるもの、正ならざるものは、やはりなくなりはしない。それはいつの世にも美なるものと相まじわって存在し、美醜(びしゅう)とりまぜて、それでこの自然が成り立っているのである。この世の中が動いているのである。だからこそ、おたがいに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人もなかなかなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなかったら、いたずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。人と人とが相寄って、毎日の暮らしを営み、毎日の働きをすすめているのである。いい人ばかりではない。いろんな人がいる。だからおたがいに、いますこし辛抱と寛容の心を養いたいものである。」(道をひらく「松下 幸之助」)以上真善美を求めるのは、万人共通の想いです。しかし実際には、正しいこと、偽りのもの、美しいもの、醜(みにく)いものなどが世の中には混ざり合って存在しています。なぜでしょう。“ 偽・悪・醜 ” を振りまいている人は、「これは正しい」「これは良いことだ」「これが美しい」と思っているのでしょう。私も他の人から見れば、未熟なところや表現、足りないところなどが多々あるのでしょう、きっと。一人一人、心の成長レベルは違います。「真善美」の感覚や尺度も異なります。まさに “ 十人十色、千差万別 ” 、意識の階層は無限です!。そのギャップにホトホト疲れ果ててしまうことがあります。でも、それが修行なのでしょう。この地上で意識の違う人同士がぶつかり合い、苦しみ、悩み、そこから何かを学びとり、正しく乗り越えて心を高めていく。それが人生の目的なのでしょう。いま少し辛抱と寛容の心を養わなければなりません。ふぅ〜〜、ファイト!【おまけ】真善美求める心みな同じいましばらくは忍と寛容

No.15 一人18役

自分とは・・・・人間、息子、兄、会社員、土地家屋調査士、測量士補、宅地建物取引士、夫、親、上司、部下、同僚、野菜の栽培指導員、ファーマー、シンガーソングライター、ブロガー(ブログの筆者)、スピリチュアリスト、霊。・・・・計18コ。私は、それぞれの役割を遂行することの難しさを痛感し悪戦苦闘の日々です。あなたには、いくつの役目があるでしょうか?責任を全う出来ているでしょうか?。周りの人々や動植物のために、それぞれの立場で使命を果たしていきましょう。心を高め、愛のスターター(出発者)として、先に愛し、ずっと愛し、相手を選ばず、摂理にそった正しい真の愛を注ぎ続けていきましょう。なかなか難しいけど、少しでもそうありたいと願っています。そうすればきっと、いや必ず、調和と平和が訪れます。ここで言っている “ 愛 ” は、「おもいやり」や「慈悲心」などを含む “ 利他愛 ” のことであり、恋愛や家族愛とかの利己的な愛ではありません。真の愛(利他愛)には、忍耐と寛容性が要求されます。一日一日、一瞬一瞬を摂理にそわせる地道な努力が必要です。一日に一度は、自分の言動や考え方を振り返る静かな時間を確保して「摂理に合っていたか?利己的な思いはなかったか?これが本当の利他愛につながるか?」などについて内省が必要です。心(魂)の成長は、ゆっくりすぎて、小さすぎて目には見えません。 “ 大海のひとしずく ” のように思えてしまいます。しかし、 “ 千里の道も一歩から ” の言葉どおり、どんなに遠く険しく困難に思えることでも、まずは手近なところから着実に努力を重ねていけば、事を成就できる。目標に近づける、と考えています。一晩で出来上がったものや一気に成長したものは、一瞬にして崩れ去ったり、剥(は)げ落ちたりします。長い年月をかけ、たゆまぬ努力をし少しずつしっかりと織り上げた心(魂)は、永遠の輝きを放ち光量を増し続け、不動の信念が確固たるものとなっていきます。それぞれのポジションで試行錯誤しながら良き道具として最善を尽くしていきましょう。

No .13 “ あの世 ” と “ この世 ”

元気な老後に向けて、今のうちから少しずつ運動習慣と筋肉(筋力)をつけておこうと考えて、スポーツクラブに通い始めて丸1年になります。心身のコンディションをベストに保って、自分の出来ることを少しでも長くコツコツやり続け、微力ではありますが、より良い世界に出来たら、と思っています。スポーツクラブには、仕事帰りにほぼ毎日通って水泳を。仕事が休みの日には、筋トレ、ストレッチ体操、ヨーガなどを実施。月に1回身体測定をして、体重、筋肉量、体脂肪率、身体の部位別サイズなどを数値で確認しています。残業で帰りが遅くなった時や、疲れが溜まっている時は、運動量を減らしたり、休んだりしていますが、2、3日休むと身体がだんだん重たくなって、ジムへ行くのが億劫になり、つい楽なほうへ流され足が遠のいてしまいます。最近ふと「これって人生に似ているな」と思いました。シルバーバーチはこう言っています。「人間はこの世に、心を高めるために来ています。自分の意志で自ら願い出て生まれて来ています。地球はトレーニングセンターです」と。地上は修行場、試練の場です。試練とは「練習の機会を与えられ、試されている」と言うことです。練習の場があると言うことは、本番があると言うことです。本番とは、 “ あの世 “ のことです。“ あの世 “ の時間は永遠に続きます。そこが私たちの本来の居場所です。この世での地上生活は、100年ほどで幕を閉じます。この人生の中で「いかに心を鍛え、高められるか」人間が生きる目的はこれ一点のみです。とてもシンプルです。では、どうやって心を成長させるのか、シルバーバーチは、明確に示してくれています。1つ目は、色々な欲(金銭欲、物欲、名誉欲など)を自分の意志でコントロールして抑制すること。2つ目は、利他愛の実践(世の中をより良くするために自分を役立てること)。3つ目は、苦しみへの正しい対処です。この3つのことを忠実に実行すれば、目的を達成できます。実践していく過程で疲れが溜まってきたら、十分な休養が必要です。そしてまた実践に励む。自分の意志で願い出て、この地球という ” トレーニングセンター “ に来ているのですから、心を鍛え高めなければなりません。自分の心が、どれだけ成長したか、この世では測定できません。でも、あの世に行ったら、一人一人の心の状態(考えていることや、清らかさなど)が誰の目にもはっきりと分かります。包み隠しは一切できません。丸見えです。今のうちから日常生活で “ 摂理にそった正しい生き方・考え方 ” の習慣をつけておかないと、一朝一夕には変われません。あの世に行って丸裸にされても、堂々と暮らせるように、日々、心と体の引き締めに努めたい、そう考えています。

No .12 ひとりごと

一難去ってまた一難!「ふぅ・・・。何でこんなに次から次へと難しいことや、ややこしいことが降りかかってくるんだろう?。」ココロもカラダもグッタリすることがあります。「苦しみや困難が心を高めてくれる」「成長の糧になる」「原因と結果」「未熟な自分を成長させるために、自分で選んだ人生」そう自分に言い聞かせ、頭では理解しているつもりでも、いざ困難に直面すると乗り越えるのに色々な苦しみが生じます。そして、自分自身に聞いています。「これが正しく乗り越えていることになるのか」「他に選択肢はないのか」「ただひたすら耐え忍んだほうがいいのか」「勇気を出して現状を打破するくらいの意気込みで行うべきか?それとも周りとの調和を尊重して穏やかに進めたほうがいいのか」「自分なりの勝手な判断をしていないか」等々・・・・。仕事やプライベートで一日中こんな事を考えていると、心身のエネルギーが枯渇してしまいます。そんなとき私は、水泳をして、天然素材100%の栄養スープを飲んで、できるだけ早く寝て、早朝に霊的真理をじっくり読み込んでいます。「苦しいからと言って、カルマにカルマを重ねてはいけない」「摂理から外れたツケがいま現れている」「リセットするチャンス」「いま摂理にそった良い種を蒔けば必ず良い結果が現れる」「霊的成長の糧!」と、何度も何度も、すぐに忘れてしまう自分に言い聞かせています。「自分は未熟だから今ここにいる」「流れるな涙、心で止まれ♪」「苦しみを正しく乗り越えるために、真理にしがみつき上を向いて歩こう」。きょうも出来るだけ笑顔でいきましょう。長い “ ひとりごと ” でした。

No .11 歌のチカラ

月に一度、神戸で読書会に参加させてもらっています。今月は主催者様が会のはじめに、「みんなで歌をうたいましょう」と仰って2曲印刷した歌詞を配布してくださいました。1つは「フニクリ フニクラ♪」もう1曲は「リパブリック讃歌🎶」。全員起立して、合唱団のCDの歌声に合わせて一緒に歌いました。はじめは、ちょっと恥ずかしかったり、歌い慣れていなかったので小声でした。でも、2、3回歌っているうちに大きな声と調子と元気が出てきました。次回は、もっとしっかり歌いたい、そう思って、小型のレコーダーに録音して、仕事の行き帰りに歩きながら聞いて練習しています。この歌を聞いていると元気が出てきます。自然と太ももが高く上がり、背すじがピンと伸び、両腕を前後に大きく振って、まるで運動会の入場行進のような感じで歩いてしまいます。合唱団の女性の声が流れるように美しく響きます。そしてそこに男性の歌声の力強さと重みが加わり一体となって、美しいハーモニーが生まれます。歌には不思議な力があると思います。歌詞と曲とリズムが一つになって、人の心を癒してくれたり、穏やかな気持ちにしてくれます。まるで自分の事を歌ってくれているかのような歌詞や、聴いた瞬間にポロポロ涙が流れ落ちてくる曲などもあります。一瞬で何十年前、何百年前に戻って “ はっきり、くっきり “ その時を思い出すような感覚になる事があります。その時の “ 風や気温や草花の香り ” まで鮮明に蘇ってくる事があるので、とても不思議です!私は音楽については素人です。でも、ギターの弾き語りを、ほぼ毎月ライブハウスなどでさせてもらっています。まだ、オリジナルは2曲しかありませんが、霊的真理をできるだけ分かりやすい言葉で歌詞の中に入れこんで、小さな種を一粒でも多く蒔きたいと考えています。兵士が武器を置きたくなるような歌ができますように。(祈り)