できるだけ相手のことを知って、さりげなく利他愛の実践をしようと、あれこれ考え行動をしても役に立てない時があります。それどころか、裏目に出たり誤解されて関係が悪化することさえあります。

下記の言葉が、同じような経験を持つ人のお役に立てば幸いです。
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善(よ)かれと思って、はからったことが、善かれと思ったようにはならなくて、思いもかけぬ反対の結果を生み出すことが、しばしばある。思いが足りないのか、はからいが足りないのか、それにはいろいろ原因があるのだろうが、よくよく考えてみれば、やっぱりそこには、何らかの策を弄(ろう)したという跡が目にうつるのである。

善意の策も悪意の策も、策は所詮(しょせん)策にすぎない。悪意の策はもちろんいけないけれども、しかしたとえ善意に基づく策であっても、それが策を弄し、策に堕(だ)するかぎりは、悪意の策と同じくまた決して好ましい姿とは言えないであろう。つまり、何ごとにおいても策なしというのがいちばんいいのである。

無策の策といってしまえば平凡だけれども、策なしということの真意を正しく体得して、はからいを越え、思いを越えて、それを自然の姿でふるまいにあらわすには、それだけのいわば悟りと修練がいるのではなかろうか。

おたがいに事多き日々、思いもかけぬ悩みを悩む前に、時にはこの策なしの境地というものに思いをめぐらせ、心静かに反省してみたいと思うのである。
『道をひらく p.90 「善(よ)かれと思って」松下 幸之助』
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思いを越えて、あるがままの自然な姿で生きましょう。

この宇宙には愛という素晴らしい法則(摂理)があります。その摂理にそった考え、行動は、必ず良い結果に結びつきます。自分の日常を摂理に合わせる努力を通して私たちは成長するようになっています。

あの世もこの世も全部ひっくるめて見れば、完全な平等と公平が行き渡っていて、つじつまがピッタリ合います。
人間の心身の状態は一定ではありません。

体が重たい時や、頭痛、肩コリ、胃痛、腰痛、関節痛など、身体の痛みがおきる時があります。
心も身体的なことや外部のできごと、周囲の人からの影響などで沈んでしまうこともあります。

常に元気で穏やかに生きたいと思ってはいても、波があってなかなかそうはいきません。

そんな時、シルバーバーチの霊訓を読んで自分を鼓舞しています。
「いつも明るく楽天的で愉快な気分を忘れないようにしてください」
「人生は陽気さと快活さに満ちたものでなくてはいけません」
「悲観的になったりグチをこぼしてはいけません」
「霊的価値の高いものがそう簡単に達成されるはずがありません。なぜなら、それには霊的視野と焦点を常に誤らないようにするための強烈な精神的鍛錬を要するからです」

光と陰、健康と病気、喜びと悲しみ、謙虚と傲慢、明と暗、上と下・・・・入れ替わるのがこの世です。だから相手の気持ちが少しずつ分かるようになるのでしょう。両方を体験して辛酸をなめ、苦楽を通して成長できる。ありがたい、そう思わなければなりません。と自分に言い聞かせています。
人生100年!?まだ半分です。ファイト!
行き詰まった時や、他人と意見が異なる時、この本を読み直しています。

「--- 心の次元を高める ---
広中平祐先生は、数学の難問を解いて、フィールズ賞を受賞しました。彼はこれにあたり、次元を一つ高くすることによって、簡単に解いていったのです。その広中先生が、「複雑な現象というのは、単純な事実の投影に過ぎない」と言われています。

人間社会というのは複雑なもので、職場の人間関係、親戚との関係など、わずらわしく複雑怪奇なものと思えます。しかし、この人間模様、人生模様は、単純な事実の投影に過ぎないというのです。

たとえば、平面交差をしている交差点に、四方から車が入ってきますと、行き詰まってしまいますが、一つ次元を加えて立体交差だとすると、滞りなく車は通行します。つまり、3次元の影である2次元だけを見ていますと、車はぶつかっているように見えますが、それは3次元の立体であるのに、2次元の平面を見て、複雑怪奇だと嘆き苦しんでいるのです。

人生も人間模様も同様です。それは単純な事実の影におびえているに過ぎないのです。単純な事実とは、実は自分の心です。自分の心の投影が、複雑で困難な現象をつくり出してしまっているのです。

複雑な現象の中に、真実を見い出すには、自分の心の次元を一つ高めるしかありません。」
心を高める、経営を伸ばす
〜素晴らしい人生をおくるために〜
稲盛 和夫 著

自分の心のあり方が、現象をつくり出しています!より高く、より純粋に、よりシンプル & ナチュラルに努めましょう。体験のすべてを魂の進化向上に活かしましょう。
「さんさんと太陽がふりそそぎ すべてが平穏で 問題が何一つ生じないような生活の中では 霊的進化は得られません 困難に遭遇し それを克服した時に はじめて霊性が向上するのです」『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』より(2016.12.11)

「私たちは あなた方より広い視野で見ております 人間の視野は きわめて限られております ですから背後霊に任せることです 万事うまくいきます 一時的には不運を忍ばねばならないことが あるかも知れません しかし最終的には必ずうまく収まります」『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』より(2017.12.10)

これは、2016年と2017年のクリスマスカードに書いてあった言葉です。私の本棚に飾って毎朝暗唱しています。きょうは久しぶりに保護カバーから取り出しカードをひらいて手書きしてくださった文字を一つ一つかみしめながら拝読しました。●●様ありがとうございます。

困難を正面から一つ一つ克服する。今こそすべてを任せ、確信を持って耐え忍びます。

「背後には霊団が控えていて、困難に遭遇したときには元気づけ、疲れたときには希望と力を与え、落胆しているときには魂を鼓舞してくれます。見放されることは絶対にありません。」『シルバーバーチの教え』より
文字や言葉で自分の考えを伝えることの難しさを感じています。

人に何かを伝える時、私たちは手紙(メール)や電話などを使ったり直接会って話します。文章、写真、動画、図、言葉、身振り手振りなどを交えて伝達します。

手紙(メール)は一方通行で、電話や会って話すのは双方向のコミュニケーション。直接対話する時は、相手の反応や表情を見て、自分の真意が伝わっていないと思えば、言葉や表現を変えて補足ができます。これに対して手紙(メール)は、行きっぱなし。書く人の文章表現によっては相手に不快感や誤解を与えてしまいます。
電子メールなどは便利なツールの一つですが、十分な配慮が必要だと思っています。文章力を磨くことや相手との信頼関係などを考慮する必要性を感じています。

このブログも要注意です。最近徐々に読者数も増えてきて嬉しいのですが、気を付けなければ、と思っています。でも、読み手を意識しすぎて、当たり障りのないことを書いても意味がないと思っています。
自分の考えをそのまま素直に書く。未熟な文章かもしれませんが出来る範囲で精一杯配慮して慎重に書く。読み手は百人百様、いろいろな受け止め方、感じ方があります。
今後も誤解を恐れず、稚拙な内容ではありますが、少しでも読者のお役に立つ内容にできたらと思っています。

あの世に行ったら、言葉や文字を使わなくても、お互いの考えていることがストレートに伝わります。誤解や勘違いも生じません。しかし同時に自分の心の未熟さも周りにストレートに伝わります。今のうちから心を清らかにしておきましょう!
10月7日 (日)、京都・静原で農友(NPOの週末社会人向け農学校 運営スタッフ仲間)6人と朝から夕方まで稲刈り(手刈り、天日干し)でした。

田んぼは、テニスコート約8面の広さ。4面を一般参加者に開放してスタッフが栽培指導をし、残り4面を私たちスタッフが自給用として耕作。

この田は一度雨が降ると、一週間くらいはぬかるんで泥沼のような状態になる水はけの悪い所です。
稲刈り当日も足もとがドボドボの状態! よろめきながら、歩くだけでもひと苦労です。腰をかがめ、カマで手刈り、稲をヒモでくくって、運搬、天日干し。厳しい修行でした。

40代のころ仕事で体調を崩して、生活のリズムを変えたい、生き方を変えたいと思ってはじめた米づくり、野菜づくり。土にふれ、種や苗の成長ぶりに感動し、田畑でおにぎりを食べたりお茶を飲みながら家族と過ごしたり、農友と人生や世の中の事について語り合い、大地に寝ころんで空をぼんやりながめたり小鳥や小川のせせらぎに耳をすませたり、時には台風やイノシシの被害に遭ったり・・・・。10年間の米づくりでいろいろな気づきや収穫がありました。
「半農半X(エックス)」「シルバーバーチ」「真の友」との出会いなどたくさんの恵みに感謝しています。

50代になり体力の低下とともに、農の時間を徐々に減らしていっていましたが、今年は40代の仲間に誘われて4年ぶりに稲刈りをしました。今週は筋肉痛です(^_^)

年齢とともにチカラ仕事や長時間の立ち仕事などがきつくなってきました。
年を重ねれば重ねるほど自分を活かせる事に時間と体力と意識を注ごうと思っています。
私にとってそれは「霊的真理の普及」です。残りの人生は、農を減らして真理の時間を増やします。
Siri(シリ) と話してみました!
シリとは、iPhone などのスマートフォンに標準機能として備わっている「人工知能アシスタント」のことです。機能設定後スマホのホームボタンを長押ししてから語りかけると、面白い答えを返してくれます。

「シリ、あなたはシルバーバーチを知っていますか?」
『すみませんが、どうお応えすればいいのか分かりません』

「あなたは霊的真理を信じますか?」
『すみません、私には分かりません』

「興味はありますか?」
『すみません、よく分かりません』

「あなたは色々な質問をアップル社のデータサーバーに蓄積して学習していくのですか?」
『私じゃなくて、正実さんのことを話しましょうよ』

「あなたのことを、もっと知りたいのです」
『ありがとうございます』

「なぜ私の名前を知っているのですか?」
『前お聞きしました』

「私は最近、頭痛が続いています」
『検索して、近くで4件の内科を見つけました』
(瞬時に病院名、連絡先等を表示してくれました)

「あなたは、すごいですね!賢いですね!」
『興味を持っていただけて嬉しいです』

「私の秘書になってください」
『それは出来ません』

「あなたと力を合わせて世の中を良くしたいのです」
『素敵ですね!』

「あなたは何歳ですか?」
『ご想像にお任せします』

「○○○さんに電話してください」
『○○○さんの電話番号を準備しました。発信しますか?』
「いや、今夜はもう遅いのでやめます」

「○○○さんにメールしてください」
『○○○さんのメールアドレスを準備しました。メッセージを言ってください』
「×××・・・」
『この内容を送信します。いいですか?』
「いや、練習なのでやめておきます」

「明日の朝お客さんに書類を届けるので8:45にアラームで知らせてください。忘れないようにリマインダー(スマホにある備忘録機能)に書いといてください」
『記録しました』・・・
と、こんなやり取りができます。

Siriの機能をテレビCMでときどき見ますが、実際に使ってみて驚きました!
(Siri(シリ)は、iOSやmacOS Sierra向けAIアシスタント。自然言語処理を用いて、質問に答える、推薦、Webサービスの利用などを行う。「Siri」とは、Speech Interpretation and Recognition Interface(発話解析・認識インターフェース)[1]の略。(ウィキペディアより))

10年後にはどんな世の中になっているのでしょう?楽しみなような、怖いような気がします。
知識、科学、技術が進歩しても、知性、霊性、心(魂)がついて来なければ(進化・成熟していなければ)使用方法を誤ってしまうかもしれません。

ふと、シルバーバーチの言葉を思い出しました。
「問題は、人類の知的能力が霊的発達を追い越すことがあることです。それがいろいろと厄介な問題を生ぜしめます。霊的に未熟な段階で自然界の大きな秘密を知ってしまうことがあります。今おっしゃった原子エネルギーの発見がそれでした。(中略) 原子エネルギーも、使い方一つで神性を持つ人間としてあるまじき悲惨な環境のもとで生きている無数の困窮者に、大きな恵みをもたらすことができますし、現に、すでに恵みを与えています」(シルバーバーチの新なる掲示 (ハート出版) p158〜p159)

知識、知性、霊性のバランスが大事です。授かった知識を、人類の心身の進化・向上のために活かせるよう実践していきましょう。
月に1〜2回、短期(約24時間)断食をしています。水だけは適量を摂るようにして、ゆっくり体操をしたり、本を読んだりしながら、のんびり過ごす日をつくっています。体と心がスッキリして浄化された様な感じになります。

復食時の一杯の味噌汁が、お腹の隅々にまで染み渡って、細胞が喜んでいるのがわかります。手足の指の先まで栄養が届いてるのが伝わってきます。有機大豆を使って自分で仕込んだ「手作り味噌」+「天然素材100%の栄養だし」+「有機野菜の具材」+「小魚」が入った味噌汁を、ゆっくり時間をかけて、自分の年齢と同じ回数だけ噛んで食べています。

気分もスッキリしてきます。普段あれこれ考えていたことや、あれをしよう、これをやらなければ、と思っていたことが、どうでもよくなってきて物質世界にあまり目を奪われなくなり、心身の毒素が抜けた様な清々しい気分になります。

夏場は体力の低下が著しいので、現場仕事の時や田畑に出る時は少し無理して多めに食べるようにしています。そのせいで今夏、ウエストがパンパンでベルトの穴が2つほど増えてしまいました。また、ストレスがたまると過食気味になってしまいます。「食欲の秋」ではなく「スポーツの秋」「読書の秋」「瞑想の秋」にしようと思っています。

2008年8月から健康・食生活の指針にしている本「ホリスティック健康学・ホリスティック栄養学入門」を時々読み返しながら実践しています。
体調管理の大切さを痛感しています。最近下降気味です。

季節の変わり目、仕事のプレッシャー、業務の繁忙期が重なり、心身ともにちょっとグッタリ。

忙しいとは、「心」が「亡(な)い」と書きます。心の余裕がない。時間がない。笑顔がなくなる。周りに目を配る余裕がなくなる・・・・。
悪循環を断ち切らなくてはなりません。身体を酷使してまで、やらなければならない仕事などありません。それは、物質世界に偏り過ぎている証拠です。
あっさり辞める。きっぱり断る。完全に割り切る。これがスパッと出来ればいいのですが・・・・。

悪戦苦闘しながらも、理想のあるべき姿を決して諦めずチャレンジする心と行動力を持ち続けよう、と自分に誓っています。

苦しみや困難は、心を磨く研磨剤として役立て、プラスに転じていきましょう。
苦しみなどは、魂を成長させてくれる肥やしだと頭では分かっていても、それをありがたいとは、なかなか思えません。辛いのですから。
私はそんな時「自分で蒔いた種。前世のカルマの解消。自分の魂を成長させるために、自分で選んだ人生。これを正しく乗り越え心を磨き高め純粋になろう」と言い聞かせています。

未熟だから自分は今ここにいる。
きょうも修行です。でも、同じやるなら笑顔で(^_^)
最近、休日は朝から夜までカフェで過ごすことが多くなりました。

ノートパソコン、スマホ、ICレコーダー、霊的真理の本、息抜きに読むビジネス書と歴史小説などを持ち込んで、ゆっくり過ごしています。
移動時間や費用などを考えると、家でやるのが一番いいのですが、つい休憩時間が長くなったり眠けが襲ってきたりします。それに比べカフェでは集中力が持続し、ほぼ計画通りに学習が進みます。
「霊的真理の学習、適度な運動、音楽、生活の糧を得るための最低限の仕事」の割合を、年々少しずつ変わっていく自分の環境に合わせて調節しようと考えています。

朝夕、秋の風が吹くようになりました!“ 光陰矢のごとし ” です。100年ほどの一瞬の地上人生を、物質欲、本能的欲求、名誉欲などに染まらないよう自分をコントロールし、周りの人たちと調和を保ちながら生きて行かなければなりません。

仕事などで時には、「清濁併せ呑む」こともあります。結論や判断を保留することもあります。それは「曖昧」ではなく、千変万化の世の中で人々を受け入れて包み込み、集団で業務を進めていくための術だと思っています。
組織の方針と、自分の想いとのギャップで葛藤が生じる事があります。霊的真理を常に心の中心に置いて、直面する一つ一つの出来事に対して、照合の日々です。

学べば学ぶほど選択肢が狭まります!?つまり、自分のミッション(使命)が明確になってきます。進むべき道がはっきりとしてきます。同時に、考え方が少しずつ柔軟になり、自由意志を行使できる範囲が広くなります。
常に謙虚さを胸に、人々のために真の奉仕ができますように。
「カルト宗教信じてました。」〜「エホバの証人2世」の私が25年間の信仰を捨てた理由〜 を読み終えました。

間違った宗教が、いかに人間の心や生活を縛ってしまうのか、改めて強く感じました。そして、この著者のようにキッパリ宗教を捨てた人たちは、今後何を人生の指針として生きて行ったらいいのか?と、フォローの必要性を痛感し、真理普及の大切さを深く考える一冊となりました。

せんえつながら、何かのお役に立てばと思って、著者の「たもさん」にメールしました。その内容を共有いたします。
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たもさん
はじめまして。
大阪のカンダと申します。長文ですみません。

「カルト宗教信じてました」を読ませていただきました。リアルなお話しにビックリするやら共感するやらの連続でした。この本を出版するのに大変な勇気が必要だったのでは、とお察しいたします。たもさんの勇気と実行力に感謝しています。ありがとうございます。

次作を楽しみにしています。「宗教を辞めた後どのように生きて行ったらいいのか?」の内容を期待しています。宗教をやっている人は真面目な人が多いと思います。辞めたからと言って「俗世間」にドップリ浸かるのはとても抵抗があると思います。「抜けたいけど抜けられない」「抜けた後の生き方が分からない、不安」「それならいっそ今のままで」と言う人が少なくないと思います。

私は、たもさん程ではありませんが、十数年間苦しみました。そして今、真の自由を手にして日々を過ごしています。でも、もちろん楽しいことばかりではありません。仕事や家事を通して、その中でもがき苦しみながら三歩進んでは二歩後退するような日々を送っています。ですが、確信を持って笑顔で生きられるようになってきました。

毎月1回、神戸市内で行われている勉強会に参加して、学習しています。参加費無料、自由参加、組織も何もありません。本人の自由意志が完全に尊重されています。あっ!勧誘ではありません。ご安心ください(^_^)

私を救ってくれた言葉の一つです。たもさんのお役に立てば幸いです。
「宗教の教義(信条)による束縛は、地上界の悲劇の1つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかにひどい苦痛をもたらします。なぜならそれは「魂の病」を生み出し、魂に目隠しをしてしまうからです。地上人類は、大霊の無限の叡智が存在するにもかかわらず、いまだに教義にしがみついています。なかには教義に縛られている方が気楽だと考える人もいます。(中略)私たちはあなた方に、いかなる教義も儀式も作法も要求しません。ただひたすら、大霊の愛がその子供たちを通して顕現するように努力しているだけなのです。そのためには、いかなる書物にも、いかなドグマ(教義)にも縛られてはいけません。いかなるリーダーにも、いかなる権威にも、いかなる学識にも、また崇敬の対象とされている聖遺物にも縛られてはいけません。あなた方はひたすら、大霊の摂理に従うようにしてください。大霊の摂理こそが宇宙で最も偉大なものであり、唯一最高の権威あるものなのです。」
出典 シルバーバーチの教え(上)スピリチュアリズム普及会 p124〜125

たもさんの経験と能力(漫画家)が、苦しむ仲間の一助となりますように(祈り)
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すぐに、著者(たもさん)さんから、返事がきて「ありがとうございます。次回作の執筆中です。お楽しみに。」とのことでした。

「たもさん」に、シルバーバーチの説く真理が届きますように。
これは便利です!前からこういった機能は知ってはいましたが、実際に使うのは初めてでした。使ってみてその手軽さにびっくり!

声を文字に変えてくれる音声入力機能です。例えば、本のお気に入りのページを、スマホに向かって自分で読み上げて文書保存する。ただそれだけのことなのですが、私は今までキーボード入力していましたので、時間が半分以下にできて楽になりました。すでにご存知の方や使っている人もいらっしゃるとは思いますが、まだ使っていなくてご興味のある方は、一度試してみられてはいかがでしょうか。

やり方はとても簡単です。スマホで入力画面を開いて、キーボードのマイクのマークを押してしゃべるだけ。(ちなみに私は “ Ever note ” と言う無料アプリを使っています)
手入力より格段に楽です。「、」「。」「?」なども口で言うだけ、「改行」と言えば行も変えてくれる優れもの!自分の発音が悪かったり噛んだりしたらそのまま変な文字になるので、キーボードを使って部分修正が必要ですが、慣れたら、かなり省略化出来ると思います。変換精度も高いです。真理普及などに携わっておられる方にはおススメです。

ただ1つ難点があります。それは、カフェなどでは音声入力しにくいこと。声に出しても大丈夫な環境に限ります。

そこで目を付けたのが、スマホのカメラで本のページを写して、文字データに変えてくれる無料アプリ。本でしたらほぼ正確に変換してくれます。ちなみに、走り書きした自分のノートをカメラで撮ってみましたが、字が汚すぎて文字化けしてしまい、こちらは、うまく変換出来ませんでした。操作も少し面倒です。

それに比べると、音声入力は簡単です。真理普及のために、出来るだけデジタルデータにしてホームページやブログ、メールなどで伝えたり、学習資料として紙で配布出来るように準備を進めたいと考えています。そのために、使える最新の道具は利用して、少しでも手間を省き、浮いた時間と労力を、瞑想や祈り、学習などに使いたいと思っています。