心をおだやかに、素直な澄んだ心で、一つひとつを乗り越えてゆけますように。

逆境に正しく立ち向かい、嵐に耐え抜き。順境にもなお謙虚に、思いやりの心を持って生きてゆけますように。

「逆境ーーーそれはその人に与えられた尊い試練であり、この境涯にきたえられてきた人はまことに強靭である。古来、偉大なる人は、逆境にもまれながらも、不屈の精神で生き抜いた経験を数多く持っている。

まことに逆境は尊い。だが、これを尊ぶあまりに、これにとらわれ、逆境でなければ人間が完成しないと思いこむことは、一種の偏見ではなかろうか。

逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、その与えられた境涯に素直に生きることである。謙虚の心を忘れぬことである。

素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚(うぬぼ)れを生む。逆境、順境そのいずれをも問わぬ。それはそのときのその人に与えられた一つの運命である。ただその境涯に素直に生きるがよい。

素直さは人を強く正しく聡明にする。逆境に素直に生き抜いてきた人、順境に素直に伸びてきた人、その道程は異なっても、同じ強さと正しさと聡明さを持つ。

おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく、素直にその境涯に生きてゆきたいものである。」松下幸之助 道をひらく p.12「素直に生きる」より

とらわれず、あるがままの状態を受け止め、そして静かに受け入れる。
かたい意志と、決して折れないやわらかい心と。
相反するものをあわせ持つ難しさと、バランスの大切さを時々つよく感じます。

「その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きることです。

明日のことを思い患うことなく “今” という時に最善を尽くすのです。

あなたが煩悩をもつ人間的存在であり、未熟であることは、神は先刻ご承知です。
だからこそ地上に来ているわけです。もしも完全であれば、今そこに存在していないはずです。

地上生活の目的はその不完全なところを一つでも無くしていくこと、それに尽きます。」シルバーバーチの霊訓(潮文社)12巻 p .150

シルバーバーチが降ろしてくれた膨大な量の掲示。上記抜粋はその中の一部ですが、私の心を鼓舞してくれる大切な言葉の一つです。

ここ十日間ほど同じ箇所を繰り返し読んでいます。

今の一分・一秒に意識を注いで大切に生きる。その積み重ねが一時間になり、一日になり、一か月に、一年に、一生になる。

しずくが集まり川になる。人生も日々の集まり。終わったことを嘆かず、悔やまず、愚痴らず、心を成長させる糧にする。先のことをアレコレ考えて取り越し苦労をしない。

過去を活かして今をより良く生きる。過去の自分の行いが結果として今あらわれている。

今この時に最善を尽くして努力すことが、5年後、10年後の自分の未来をつくる。

不完全なところを一つでも無くすために、その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きましょう。

先月の22日は、祖母の命日でした。

亡くなったのは、昭和52年2月22日。「2」が続いていたので今でもよく覚えています。当時私は小学6年。鹿児島では珍しく薄っすらと雪が積もっていました。

通夜で初めて、人が死んだ姿を見て恐怖を感じました。40数年前はまだ土葬。膝を立てて体育座りの状態で、円柱状の棺に入れられる祖母。その棺にロープをかけ横棒を通して前後で4人くらいの人がかついで、祖父母の家から墓までの細い山道を歩き、その後ろを親族や地域の人たちがついて行きます。

墓の穴は、数時間前に地域の人たちが掘ってくれています。「女性は執念深いから出てこないように男性よりも30cmほど深く掘る」と聞かされました!?

15分ほど歩いて墓に到着。もう一度、お経をあげ、棺のふたを開けて祖母の姿に最後のお別れ。静かに墓穴に納められ、少しずつ土をかぶせていきます。

すすり泣きが、号泣に・・・・。

子どもだった私の胸は強烈に締めつけられ、「なぜ人は死ぬんだろう?死んだらどうなるんだろう?自分は絶対に死にたくない」そう思いました。

40数年前のことですが、鮮明に記憶していて、五感によみがえってきます。
なぜ生まれてくるのか、何のために生きるのか、死んだらどうなるのか等々の正しい知識を正確に分かりやすく伝えていきたい、そう思っています。

おかげさまで、このブログは今日で50回目の更新になりました。

書き始めてこの2月でまる1年になり、50回目の記事を書くことができることに感謝しています。心と体の調子に左右され、内容に波(ムラ)があったりバランスを欠いていることもあったことと思います。そして今後もあるかもしれません。未熟で平凡な人間が書いていますので、そこはご勘弁いただければと思っています。

日々の生活の中で心は常に揺れ動き、教わった真理が吹き飛んでしまうことも少なくありません。“ 理解しているつもり ” になっている自分に気づかされ、イヤというほど自分の弱さを味わう時があります。そんな時は、一人静かに自分の内面を見つめ、霊的真理に照らして内省しています。

物欲・金銭欲・本能的欲求をコントロールし、自分を周りのヒト・モノ・コトに役立て、学んだ知識と経験を周りに手渡し、辛苦に耐え抜き、常に神へ語りかけながら、地道に実践に努めたい、実践あるのみ。目立たず、おごらず、謙虚な心で道具意識に徹し一歩いっぽ確実に歩いて行こうと自分に言い聞かせています。

このブログを読んで、各地の方々がメッセージを送ってくださるようになりました。ありがたいことです。

100回目の記事に到達できればいいなと思っていますが、あまり先のことをあれこれ考えず、足元をしっかり見つめながら一つひとつ積み重ねて行こうと思っています。毎週読んでくださり、ありがとうございます。ともに、この地上人生を力強く明るく笑顔で歩いて行きましょう。

艱難辛苦に遭遇し奮闘していた30代。人生の指針を探し求めてさ迷い続けた10年間でした。

でも、探しても探してもその答は見つかりませんでした。「万策尽きた。この世には絶対不変の生きる指針はないのかも」と、諦めかけていた時に「シルバーバーチの霊訓」に出会ったのは40歳になった頃でした。

出会ってから10年以上が経ちました。正しい理解、正しい実践のために365日霊訓を読み、毎月学習会に参加したり、友人と勉強会を10年以上続けてきました。それでも、まだまだ未熟な自分に辟易する時があります。

しかし、未熟な自分でも、もうそろそろ人のお役に立つことをしなければならない時期なのかも、と考え始めています。足りないながらも一歩を踏み出す時期なのかもと思っています。

私は自分の寿命を、父が亡くなった歳と同じに仮定しています。すると、あと8年です!それより早く逝くかもしれませんし長生きするかもしれません。8年の年月は一瞬だと思います。

仕事、家庭等々いろいろな制約がありますが、多くの困難や障害の中で今できる範囲で最善を尽くして取り組むことが大事なのでしょう。

決して焦らず、謙虚に誠実に正しい伝道に努め、導かれたことへの感謝と、信頼と忍耐をもって人生を捧げる決意で、真理伝道の準備を進めたい、そう考えています。

一難去ってまた一難。
やれやれと思っていたのもつかの間、またまた次の災難が・・・・。

シルバーバーチは言っています。「日々の生活でいかなる問題が生じようと、それによって気が滅入るようなことがあってはなりません。
私はバラ色の人生、何の苦労もないらくな人生をお約束することはできません。お約束ができるのは、霊的存在としての本来の生き方に徹していれば、必ずや霊的向上が得られるということです。
そうなって初めて物質の世界へ誕生してきた甲斐があったことになるのです」と。

すがるような思いで毎朝一字一句をかみしめ、自分の魂にエネルギーを注いでいます。
次々にやってくる困難や障害に、「自分で蒔いた種。自業自得。リセットするチャンス・・・」と言い聞かせ、時々、この本も読んでいます。
--------------------------------------------
何の心配もなく、何の憂いもなく、何の恐れもないということになれば、この世の中はまことに安泰、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。

しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗り切って、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪(のろ)わしく、人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう。

憂事に直面しても、これを恐れてはならない。しりごみしてはならない。“心配またよし”である。心配や憂は新しくものを考え出す一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。力をしぼる。知恵をしぼる。

するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。新しい道がひらけてくるのである。まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。
道をひらく 松下幸之助 p.106 心配またよし
--------------------------------------------
苦難の意義、重要性、正しい対処の仕方などを理解し、正しい実践に努め、一つ一つの機会をとらえてしっかり体得し心の成長の糧にしよう。すぐに忘れてしまう自分に何度も何度も言い聞かせ、自分を励まし続けています。

毎朝静かに目をとじて、心を静めてから本を読んでいます。

「あなたが人間であり、それゆえに転ぶこともあることは私も知っております。

ですが、悩みごとが次第に大きく感じられてきた時、そこでしっかりと踏みとどまり、いかなる悩みごとも、実在である霊の光を曇らせることはできないのだという認識を新たにすることができれば、心晴れやかとなり絶対に克服してみせるとの信念が湧いてまいります。

これは実に厳しい教訓ではあります。が、もしらくに達成できるものであれば、求める価値はないことになります。両手に花とはまいりません。

何かを成就せんとすればまず自我を鍛えないといけません。鍛錬の必要のないほどのものであれば、自我の開発にはつながりません。」SB

転ぶこともしばしばです。心の悩み、体の悩み・・・・。尽きることはありません。しかし、どこかで踏みとどまらなければなりません。

適度な運動をして汗を流し、十分な休養をとり、正しい食生活を心がけ、心を支えてくれる本を読んで踏みとどまらなければなりません。

難事を解決するためにたゆまぬ努力をする事に価値があるのです。一朝一夕に乗り越えることはできませんが、長い年月をかけて克服し、それを通して鍛え上げた精神は不動のものとなり確固たる信念が築かれます。手っ取り早く手に入れたものは、一瞬にして崩れ去ります。

困難に遭遇しそれを正面から受け止め、正しく対処することで心が磨かれ鍛え上げられます。時には苦しみや困難に困り果て、これまでの生き方を問い直し、方向転換をすることもあります。それはリセットするチャンスです。改めるべきは改め、乗り越えるべきは正しく乗り越え、必死に奮闘努力する中で私たちは成長します。

すべては意志の力です。人間は肉体をまとっているために、時間や空間の制約を受けています。この地球上には様々な意識レベルの人たちがいるので互いにいろいろなことに翻弄されて、思うように事が運びません。しかし、死んであの世に帰ったらすべてが意志の力(思念)で成り立っている事に気がつきます(思い出します)。

私たちは「強い意志」と「摂理にそった考え方・行動」を身に付けるために、今地上で練習をしています。自分を励まし重い肉体を動かすことで心が鍛えられ意志が強くなります。摂理からそれると肉体に痛みが生じたり、他者との摩擦などを通して気付かされ、摂理にそうように軌道修正・リセットの機会を得ます。

苦しみや困難、悲しみ、痛みなどの尽きない地上人生ではありますが、永遠の目で見ると実にありがたい仕組みになっています。

二十四節気の大寒が過ぎました。一年で最も寒い時期です。でも次の節気は「立春」!まだまだ寒い日が続きそうですが、暦の上では春が近づいています。

先日、自然食品店から荷物が届きました。一年に数回、調味料などを注文しています。その際、いつも温かい手紙を手書きで添えてくださいます。
今回はそれにプラスして燕岳(つばくろだけ。長野県 飛騨山脈)の絶景の写真をポストカードにプリントして、メッセージも添えてありました。

とにかく挫けないことです
潜在する力を活用しても克服できないほどの
大きな困難や障害は絶対に生じません

まるで私の心の中を察してくださっているかのようなタイミングと的を得た言葉でした!「とにかく挫けないことです・・・・」「とにかく挫けない・・・」時間をおいて何ども、何ども読み返しました。

心が悲しみや苦しみで満杯になり、ちょっと触れただけで心のコップからこぼれ落ち堰を切ったように流れ出る。我慢に我慢を重ね、笑顔を振りまいているけれど、フトした瞬間に流れ出す時がある。困難に愚痴をこぼしてはいけません。困難は心を成長させるための肥やしです。

繊細な心。豊かな感性。愛情たっぷりの心。と同時に、図太い精神。鈍感力。現代社会を生き抜くしたたかさ、しなやかさを持っていなければならないのでしょう。私たちの修行は永遠に続きます。とにかく挫けないことです!ね。

年末年始に2019年の「やる事」「やらない事」を整理しました。が、しかし、1月の初旬にいろいろな事が重なり、この一週間ずっと見直しをしていました。

はじめは、立てたばかりの計画を変更するのに抵抗を感じましたが、「一年のスタートの月に、しかも初旬に、根本から問い直すいい機会をいただけた、ありがたい」と思うようになり、今は感謝しています。これをきっかけに、残りの人生をより充実したものにしていこうと決意を新たにしています。

即実行に移す予定です。周りからの賛否もあると思います。賛は少なく、否が多いかもしれません。しかし、「人の目を気にして生きるより、天の目を意識して生きよう。たとえ残りの人生が孤独でも・・・。」その思いが強くなってきました。

『人のために役立つことをする者に呑ん気なバラ色の人生は望めません。美しいバラにもトゲがあります。霊的な精進の道は厳しい試練の連続です。進むにつれて見慣れた標識が遠のいていきます。』SB。

見慣れたひと、もの、ことを、ひとつづつ手放していく。人間的な寂しさを乗り越えて、手放していく。次のステージに向けて身軽にしていく。そこで新たな出会いが生まれ、絆を深め、心を刺激して高め合いともに成長する。そのステージで役目を終えたら、また見慣れた標識が遠のいていく。この連続。これが永遠の進化・向上。永遠の魂の成長なのでしょう。

ーーーーーーーーーーーー
与え与えられるのが、この世の理法である。すなわち、自分の持てるものを他に与えることによって、それにふさわしいものを他から受けるのである。これで世の中は成り立っている。

だから、多く受けたいと思えば多く与えればよいのであって、充分に与えもしないで、多く受けたいと思うのが、虫のいい考えというもので、こんな人ばかりだと、世の中は繁栄しない。

与えるというのは、わかりやすくいえば、サービスするということである。自分の持っているもので、世の中の人びとに精いっぱいのサービスをすることである。頭のいい人は頭で、力のある人は力で、腕のいい人は腕で、優しい人は優しさで、そして学者は学問で、商人は商売で・・・。

どんな人にでも、探し出してくれば、その人だけに与えられている尊い天分というものがある。その天分で、世の中にサービスをすればよいのである。サービスのいい社会は、みんなが多く与え合っている社会で、だからみんなが身も心もゆたかになる。

おたがいに繁栄の社会を生み出すために、自分の持てるもので、精いっぱいのサービスをしあいたいものである。

出典:道をひらく(松下幸之助著)p.60  サービスする心
ーーーーーーーーーーーーーー

見返りを求めず、自然な形で、無私の心をもって、自分にできることをコツコツやっていく。いつの日か人生を振り返った時に、「アッ!自分がやってきたコレがサービス(利他)というものだったのか!」と気づけるようなサービス(利他)を、気負わず、力まず継続していけますように。

平凡すぎて天分とか、天与の才というようなものは持ち合わせていないかもしれないけれど、私たち一人一人は、かけがえのない人間です。探せばきっと自分を世に活かす道・事がみつかると思っています。

周りの人びとのために、あなたにも私にも、今すぐにできることがあります。

それは「笑顔」です。笑顔になるのにお金も、時間もいりません。心の持ち方、考え方ひとつです。笑顔は周りの人々の心をなごませてくれます。
誰にでもできる小さな利他。簡単そうだけど、実はなかなか難しい利他 =「笑顔」。おたがいに意識して継続に努めたいものです。今のその顔(表情)を、そっと鏡にうつして見てみましょう。曇っていませんか?笑顔ですか?一時間おきぐらいに自分に問いかけてみましょう。

苦しみや困難は、心を成長させてくれる肥やしです。今年も「笑顔」でいきましょう(^_^)
新年あけましておめでとうございます。

元日の早朝から静寂の中で、瞑想をして祈りを捧げ心を落ち着けて霊訓を読み、このブログを書ける事を幸せに思っています。

私は年末年始どこかに出かけたり何か特別な事をするわけではありませんが、いつもと同じ一汁三菜の食事と、軽めの断食をして、静かな部屋で真理の学習に専念できる事に何よりの喜びを感じています。

年末は筋トレ、水泳、ヨーガ、サウナ、真理や仕事関係の学習などをしたり、家の掃除を少しだけしました。
本棚にギュウギュウ詰めだった本を思い切ってバッサリ処分しました。二十数年前30歳になった頃から生き方・考え方を求めて、いろいろな本を買い求め読みあさったモノが溜まっていました。
幅90cm、高さ約2m、6段の本棚は、それでもまだ前後並列置きの段が一部にはありますが、ほぼスッキリしました。

残った本のジャンルは、真理、健康、音楽、コミュニケーション(伝え方、書き方、話し方)、野菜づくり、専門書(仕事:法務・登記・測量関係)などです。

2019年の私の目標は3つです。
1.早寝早起(夜10時に寝て、朝4時起床)
大切な事だけに時間を使う。

2.アウトプットの機会をつくる(自分を優しく追い込む)
例えば、仕事関連資格の取得、真理を伝える場など。

3.心身を清く気高く!
シンプル&ナチュラルなココロとカラダをつくる、などです。

あなたの今年の目標は何でしょうか?「やる事」「やらない事」を整理して、有意義な一年に、一生になりますように。
今年もよろしくお願い致します。
今年もアッ!という間の一年でした。年を重ねるごとに年々そのスピードが速くなっているように感じます。

死ぬ間際に、人生を振り返る時もきっと、「一瞬の人生だったな!」と思うのかもしれません。やり残した事がないように、悔いを残す事がないように、これからも一日一日を摂理に合わせて生きられるように努めてまいります。

この地球上から戦争・紛争、貧困・飢餓、精神の堕落・退廃、動物虐待・環境破壊、偏狭的な思想に覆われた頑なな心などが一掃され、真の平和が訪れるのには長い年月を要します。その時期の長短は私たち一人一人の取り組み方にかかっています。

今後も忍耐を持って実践に努め、地味で目立たない努力をコツコツ積み重ねてまいります。誰も見ていなくてもいいのです。誰も褒めてくれなくてもいいのです。人と比べなくていいのです。自分なりに最善を尽くせば。

自分で自分に嘘はつけません。神さまも自分も全てを知っています。いつの日かあの世へ帰って地上人生を振り返り自分で自分を評価する時に、「未熟なところもいっぱいあったけど、全力でやりきった!ベストを尽くした」と思えるように、これからも自分を律して、質素に清らかに謙虚に、思いやりの心を持って穏やかに、ゆっくり早く焦らずに歩いていきます。

今年の2月から毎週一回(金曜日)のペースで始めたこのブログも、一度も休むことなくお陰様でNo.42まできました。読んでくださる方の心に良い刺激となっていたらいいのですが・・・。

来年はさらに徹底した真理の学習と実践に努め、真理一筋に書き綴ってまいります。日常生活と霊的真理を結び付けて実践で活かせるように、身近な話題と法則(摂理)を関連付けて書いていこうと思っています。
2019年の「真実一路」も、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。