最近、休日は朝から夜までカフェで過ごすことが多くなりました。

ノートパソコン、スマホ、ICレコーダー、霊的真理の本、息抜きに読むビジネス書と歴史小説などを持ち込んで、ゆっくり過ごしています。
移動時間や費用などを考えると、家でやるのが一番いいのですが、つい休憩時間が長くなったり眠けが襲ってきたりします。それに比べカフェでは集中力が持続し、ほぼ計画通りに学習が進みます。
「霊的真理の学習、適度な運動、音楽、生活の糧を得るための最低限の仕事」の割合を、年々少しずつ変わっていく自分の環境に合わせて調節しようと考えています。

朝夕、秋の風が吹くようになりました!“ 光陰矢のごとし ” です。100年ほどの一瞬の地上人生を、物質欲、本能的欲求、名誉欲などに染まらないよう自分をコントロールし、周りの人たちと調和を保ちながら生きて行かなければなりません。

仕事などで時には、「清濁併せ呑む」こともあります。結論や判断を保留することもあります。それは「曖昧」ではなく、千変万化の世の中で人々を受け入れて包み込み、集団で業務を進めていくための術だと思っています。
組織の方針と、自分の想いとのギャップで葛藤が生じる事があります。霊的真理を常に心の中心に置いて、直面する一つ一つの出来事に対して、照合の日々です。

学べば学ぶほど選択肢が狭まります!?つまり、自分のミッション(使命)が明確になってきます。進むべき道がはっきりとしてきます。同時に、考え方が少しずつ柔軟になり、自由意志を行使できる範囲が広くなります。
常に謙虚さを胸に、人々のために真の奉仕ができますように。
「カルト宗教信じてました。」〜「エホバの証人2世」の私が25年間の信仰を捨てた理由〜 を読み終えました。

間違った宗教が、いかに人間の心や生活を縛ってしまうのか、改めて強く感じました。そして、この著者のようにキッパリ宗教を捨てた人たちは、今後何を人生の指針として生きて行ったらいいのか?と、フォローの必要性を痛感し、真理普及の大切さを深く考える一冊となりました。

せんえつながら、何かのお役に立てばと思って、著者の「たもさん」にメールしました。その内容を共有いたします。
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たもさん
はじめまして。
大阪のカンダと申します。長文ですみません。

「カルト宗教信じてました」を読ませていただきました。リアルなお話しにビックリするやら共感するやらの連続でした。この本を出版するのに大変な勇気が必要だったのでは、とお察しいたします。たもさんの勇気と実行力に感謝しています。ありがとうございます。

次作を楽しみにしています。「宗教を辞めた後どのように生きて行ったらいいのか?」の内容を期待しています。宗教をやっている人は真面目な人が多いと思います。辞めたからと言って「俗世間」にドップリ浸かるのはとても抵抗があると思います。「抜けたいけど抜けられない」「抜けた後の生き方が分からない、不安」「それならいっそ今のままで」と言う人が少なくないと思います。

私は、たもさん程ではありませんが、十数年間苦しみました。そして今、真の自由を手にして日々を過ごしています。でも、もちろん楽しいことばかりではありません。仕事や家事を通して、その中でもがき苦しみながら三歩進んでは二歩後退するような日々を送っています。ですが、確信を持って笑顔で生きられるようになってきました。

毎月1回、神戸市内で行われている勉強会に参加して、学習しています。参加費無料、自由参加、組織も何もありません。本人の自由意志が完全に尊重されています。あっ!勧誘ではありません。ご安心ください(^_^)

私を救ってくれた言葉の一つです。たもさんのお役に立てば幸いです。
「宗教の教義(信条)による束縛は、地上界の悲劇の1つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかにひどい苦痛をもたらします。なぜならそれは「魂の病」を生み出し、魂に目隠しをしてしまうからです。地上人類は、大霊の無限の叡智が存在するにもかかわらず、いまだに教義にしがみついています。なかには教義に縛られている方が気楽だと考える人もいます。(中略)私たちはあなた方に、いかなる教義も儀式も作法も要求しません。ただひたすら、大霊の愛がその子供たちを通して顕現するように努力しているだけなのです。そのためには、いかなる書物にも、いかなドグマ(教義)にも縛られてはいけません。いかなるリーダーにも、いかなる権威にも、いかなる学識にも、また崇敬の対象とされている聖遺物にも縛られてはいけません。あなた方はひたすら、大霊の摂理に従うようにしてください。大霊の摂理こそが宇宙で最も偉大なものであり、唯一最高の権威あるものなのです。」
出典 シルバーバーチの教え(上)スピリチュアリズム普及会 p124〜125

たもさんの経験と能力(漫画家)が、苦しむ仲間の一助となりますように(祈り)
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すぐに、著者(たもさん)さんから、返事がきて「ありがとうございます。次回作の執筆中です。お楽しみに。」とのことでした。

「たもさん」に、シルバーバーチの説く真理が届きますように。
これは便利です!前からこういった機能は知ってはいましたが、実際に使うのは初めてでした。使ってみてその手軽さにびっくり!

声を文字に変えてくれる音声入力機能です。例えば、本のお気に入りのページを、スマホに向かって自分で読み上げて文書保存する。ただそれだけのことなのですが、私は今までキーボード入力していましたので、時間が半分以下にできて楽になりました。すでにご存知の方や使っている人もいらっしゃるとは思いますが、まだ使っていなくてご興味のある方は、一度試してみられてはいかがでしょうか。

やり方はとても簡単です。スマホで入力画面を開いて、キーボードのマイクのマークを押してしゃべるだけ。(ちなみに私は “ Ever note ” と言う無料アプリを使っています)
手入力より格段に楽です。「、」「。」「?」なども口で言うだけ、「改行」と言えば行も変えてくれる優れもの!自分の発音が悪かったり噛んだりしたらそのまま変な文字になるので、キーボードを使って部分修正が必要ですが、慣れたら、かなり省略化出来ると思います。変換精度も高いです。真理普及などに携わっておられる方にはおススメです。

ただ1つ難点があります。それは、カフェなどでは音声入力しにくいこと。声に出しても大丈夫な環境に限ります。

そこで目を付けたのが、スマホのカメラで本のページを写して、文字データに変えてくれる無料アプリ。本でしたらほぼ正確に変換してくれます。ちなみに、走り書きした自分のノートをカメラで撮ってみましたが、字が汚すぎて文字化けしてしまい、こちらは、うまく変換出来ませんでした。操作も少し面倒です。

それに比べると、音声入力は簡単です。真理普及のために、出来るだけデジタルデータにしてホームページやブログ、メールなどで伝えたり、学習資料として紙で配布出来るように準備を進めたいと考えています。そのために、使える最新の道具は利用して、少しでも手間を省き、浮いた時間と労力を、瞑想や祈り、学習などに使いたいと思っています。
私たちの日常は仕事と家事でほぼ成り立っています。これにまつわる人間関係(職場の人、顧客、家族・・・・)の中で生きています。

周りの人々は、まさに十人十色!聖人のような人、努力家、普通の人、欲深い人、わがままな人、感情のおもむくままに流されてしまう人など。後者については、辟易(へきえき)する時があります。その時は一息入れて手を軽く合わせ「一日も早く気付けますように。真理に出会って正しい道を歩めますように」と心の中で祈っています。

一人一人育った環境も性格も違うし、物事の理解度も千差万別。だから自分の価値観だけで周りの人をあれこれ評価してはいけない。自分もつい最近までそうだったかもしれないし、今でもそしてこれからも人から見たら足りないところが色々あるんだろうな・・・・。気をつけよう。“ 人の振り見て我が振り直せ ” と自分に言い聞かせています。

霊的真理を学んでいる者として、得た知識を実行に移さなければなりません。「永遠の視野」と「広い心」と「深い真の愛」などを常に心の真ん中に据えて暮らせますように(祈り)。 “ 言うは易く、行うは難し ” 実践あるのみです。

ところで先日、自分の泳ぎを基礎から改造するために水泳の本を買いました。書名 “ クロールが速くきれいに泳げるようになる!〜 DVDの鮮明な水中動画でまるわかり   あなたの泳ぎが進化する!〜 ” という本です。
豊富なカラー写真、丁寧な解説と多角的な画像がとても分かりやすくて、 私はもうすっかりトップスイマーの気分です!?でも、プールに行って実際に泳いでみると今までのクセが出て、そう簡単には直せません。頭では分かったつもりですが体がついてきません。正しい知識の習得と正しい練習を反復継続することの必要性を感じています。

人生もスポーツも同じですね。“ 正しい知識・正しい実践・ たゆまぬ努力 ” 。やらなければならない事がいっぱいです。でも、それだけ ” 伸びしろ “ があると考えて前向きに取り組もうと思っています^_^
酷暑、豪雨などにみまわれ自然の驚異と人間の無力さを感じた夏でした。

「危険な暑さ」「猛暑」「記録的な豪雨」「観測史上初!」などの言葉がテレビ、新聞などで踊ります。でも、なんとなく他人ごと。「天気のこと、自然のことだから仕方がない」そんな雰囲気が漂っているような気がします。

冷房が効き過ぎた店内、車内、室内。燃料などを過度に使う人、企業。大量生産・大量消費・大量廃棄社会・・・・。異常気象と無関係ではないと考えています。

私たち一人一人が加害者であり、被害者でもあります。原因と結果が肉眼では見えず、期間が長いために因果関係を自覚しにくいので自らの行動を変える人が少ないのが現状です。環境破壊 → 異常気象 → 食料・資源不足 → 富の奪い合い → 戦争・紛争 → 貧困・飢餓 → 精神の堕落・退廃・・・・。悲劇の連鎖。この負の連鎖を断ち切って根本解決する方法を「シルバーバーチの霊訓」という本に書いてあります。まだの人はご一読をおすすめします。既読の方はともに実践に励みましょう!

次世代の子供たちを念頭において今を生きましょう。また再生してこの世でお世話になるのですから!
もうすぐ73回目の終戦記念日。遠い昔の出来事のようだけど、身近かな最近のこと。
毎年この時期になると、十数年前に行った知覧(ちらん)特攻平和会館(所在地 鹿児島県南九州市) 旧 川辺郡知覧町を思い出します。

終戦直前に多くの若者が南方の戦地へ飛び立って行きました。(知覧飛行場 出撃者436人。鹿児島 加世田(かせだ)万世(ばんせい)飛行場 出撃者201人)。決死の覚悟で戦闘機に乗り込む10代、20代の戦士。離陸して翼を2、3回上下に振って地上へ最後の別れの挨拶。それを見送る家族と地元の女学生たちと美しい山容の開聞岳(かいもんだけ)。青い海と空、開聞岳(別名 薩摩富士)を見ながら、爆弾を積んだ飛行機で2時間半後には敵機(敵艦)に体当りする若者の心境と魂の痛烈な叫びが、私の心に深く刺さります。
いつの日かまた、知覧と加世田を丸一日かけて訪問し、御霊とゆっくり語り合いたいと思っています。

73回目の終戦を機に、いま自分は何をすべきか、残りの人生でやるべきことは何か、を再認識することができました。それは、戦争・紛争などの悲劇をなくすこと、人間とは?、死んだらどうなるのか?、何のために生きるのかなどについての正しい知識を伝えていくことです。自分の真理の学習時間をさらに増やし、正しい理解、正しい実践に努めます。

【参考】
このブログ “ 真実一路 ” のホーム写真は、開聞岳(かいもんだけ)です。
“ 開聞岳は、鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。1964年(昭和39年)に、霧島屋久国立公園に指定された。山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名「薩摩富士」とも呼ばれる。所在地は鹿児島県指宿市(いぶすきし)。ウイキペディアより。”
平屋の木造校舎と裏山が   沈む夕日に照らされて  真っ赤に染まっています    山からは蝉(セミ)しぐれ  ヒグラシの二部輪唱   ステレオ放送

校庭に一人たたずんで “ 神さまの温かい手 ” に そっと包まれた感覚に感動し       この気持ちを誰かに伝えたい   誰かと一緒に感じたい   喜びを分かち合いたい   でもどうやって表現したらいいんだろう?   小学生だった私は  そう思いました。   

当時の気持ちを文字にしたら、ちょっと味気ない感じですが、あれから40数年経った今、忘れかけていたあの時の感覚と感動が鮮明に蘇ってきて、今まさに真実の神を体験しているかのような幸せな空気に包まれて、少しずつ素直に文字にする事ができるようになってきました。

稚拙(ちせつ)な文章ではありますが、このブログを読んでくださりありがとうございます。毎日どなたかが訪問してくださっていることに、感謝と身の引き締まる思いです。日常のどこにでもあるような出来事や、思い出話しなどを、霊的視野で、何かのお役に立てばと思って書いています。あなたの元気、気づき、励み、感動の素とエネルギー補給に役立っていたら嬉しいです。今後も毎週心を込めて書き綴ってまいりますので、よろしければ末永くお付き合いください。
目の調子がおかしかったので眼科に行きました。
症状は、2、3カ月前から眼球を左右に動かすたびに、目の前を虫のようなものが左右に飛び交い、目がとても疲れてしまうのです。

診察の結果「異常なし。大丈夫。症状は少しずつ自然に落ち着きます」とのこと。
眼科医 :「神田さん、これは長生きできた証拠なんですよ。喜ぶべきことなんですよ」
私 :「あっ、そうなんですか。へぇー、分かりました(^_^)」

病院を出て、帰りの電車の中でふと思いました。「それって、年をとったってこと?ひょっとして老化現象?」まさかと思ってネットで調べたら「飛蚊症(ひぶんしょう)」と言う症状で加齢などが原因のようです。「あの先生うまいこと言うな!」と思い、自分の気づきの遅さと、先生のユーモアに、一人で大笑いしてしまいました。

言い方ひとつで受け止め方が大きく変わります。言葉って大事ですね。心で思っていることは、言葉、口調、態度、行動、仕草、目、表情などに現れます。表情とは、情が表に現れること。つまり心で思っていることや考えていることが顔などに自然と出てきます。気合いの入った人は、気合いが入った顔に。おっとりした考えの人は、おっとりした顔に。優しい人は、優しい穏やかな顔になります。顔は心の履歴書だと思います。毎日、毎日どんなことを考えて生きてきたか、顔に日々書き込まれていくのでしょう。これは消しゴムでは消せませし、取り替えもできません。一生ついてまわります。

とはいえ今からでも遅くはありません。質素で清らかな生活と謙虚な心、自分を他人のために役立てる生き方、苦しみや困難を正しく乗り越えていくための努力、霊的真理の学習・理解・実践に励めば、きっと、いや必ず、いつかは誠実で温厚でさわやかな顔だち・表情になれると信じています。なれるまで努力し続けようと思っています。なっていなかったら、まだまだ努力が足りない証拠です。

「諦(あきら)めてはいけない。 “ 霊的イケメン ” になれるまでガンバレ」と自分を励ましています。一緒に “ 霊的美女・美男 ” を目指しましょう。素敵な世界・地球にしていきましょう^_^
2年前からインターネットテレビの年会員になって、毎週1回2時間の放送を見ています。

言論テレビ 「君の一歩が朝(あした)を変える!」責任総編集・櫻井よしこ
(毎週金曜・夜9持から、櫻井よしこの書斎から生放送します。様々な分野の専門家をゲストに招き、議論しながらオピニオンまで高めていく番組です。)

今週のテーマだけは、辛すぎて見るのを躊躇していました。が、「現実に向き合わなければ」と自分に言い聞かせ見ることにしました。
児童虐待死の問題です。

幼子の結愛(ゆあ)ちゃんが残した言葉。
「もうパパとママにいわれなくても   
しっかりとじぶんから
きょうよりか もっともっとあしたは 
できるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳児の悲痛な叫びです。

現状の問題点、今後の対策などについて専門家を交えて2時間の放送でした。【概要】
“ 我が国の児童相談所の問題、警察の問題、政治の問題などを具体的に論じ、どこに落とし穴があったのかを明らかにしました。(中略)
その第一歩として児童相談所と警察の間での全件情報共有を私たちの力で実現させていこうと約束しました。これからも続けて児童虐待のニュースを追っていきます。以上(番組記事抜粋) ”

私たちの国や世界では色々な問題が山積しています。問題解決のために政治家、行政職員、専門家、NPOなど多くの団体や個人が取り組んでいます。そしてそれなりに成果を上げ、一部では改善もみられているようです。しかし、根本的な解決には至っていません。今後も今しばらくはこの状態が続くことでしょう。

これは、健康のこととも少し似ていると思います。病気になって痛いから、苦しいから病院に行く。薬を飲む。手術をする。症状を抑える、患部を切除する。確かに医学が進歩して、ある意味良い世の中なのかもしれません。でもそれは対処療法です。これでは今後も病人が増え続け、医療費は増大の一途です。ものの見方、考え方、食、生活習慣を見直さないかぎり本当の解決にはなりません。病気にならない生き方(予防)が大切です。
健康に生きるためには、心、食、休養、適度な運動が必要です。

社会問題の解決にも、心がとても大きな要素を占めていると思います。現代社会は「物質中心主義」と「利己主義」に覆われ、それによって引き起こされている1つの現象(悲劇) が “ 精神の堕落・退廃 ” です。この問題の解決なくして「健康な身体」と「健全な社会」は築けないと考えています。即効性のある現実的な対応策と遅効性ではありますが、真の解決に必要な知識(霊的真理)の教育・普及が必要です。

心の問題は目には見えません。心を高める教育などに取り組んでも、どれだけ心が成長したのか客観的に確認はできません。でも、この10年間を振り返ってみると、少しずつではありますが自分や周りの人たちの確実な進化・向上を実感することができます。

「心のあり方が全ての問題解決のカギ、時間は掛かる、自分たちが生きている間には成果は見えないかも。けれど、これが真の解決方法。霊的真理を正しく理解し、正しく実践・普及しよう。」そんな強い信念を持った同志が確実に増え、つながってきています。

「♪一人の小さな手  何もできないけど     それでもみんなの  手と手を合わせれば  何かできる  何かできる〜〜♪(^_^)
」やり抜きましょう。
母から聞いた話です。
叔母(おば)が少し愚痴を言っていたそうです。叔母 :「夫の姉夫婦が法事と観光を兼ねて、4泊5日で泊まりに来る。掃除もしておかないといけないし、三食の準備も大変。はぁ〜。」
母 :「カナエ(叔母) ちゃん “ しが なっで よか ” (鹿児島弁)と考えたほうがいいよ」と言ったそうです。

「しが  なっで  よか」とは?=「することが  できて   よい」= つまり相手のために犠牲を払えることは幸せなこと、喜ぶべきこと、の意味。「憂鬱だな、面倒だな。なぜ私がしないといけないの?」とかの思いが出てきそうになったら、「しが  なっで  よか」と心の中で唱えたら気持ちが軽くなります。やる以上は丁寧に気持ち良くやったほうがいい。鹿児島では聞き慣れた普通の言葉なのですが、母の考え方と説明に「なるほど!そうか」と目からウロコでした。

衣食住が満たされ、元気で、人のために奉仕ができるのは幸せなことだと思います。

7年くらい前に聞いたシンプルな言葉ですが、時々思い出して自分に言い聞かせています。

「しが  なっで  よか」=「することが できて   よい」=「 他人のために自分を活かせる機会に恵まれ、役立つことは良いこと、ありがたいこと」と考えていきましょう。きょうも笑顔で(^_^)
15年くらい前、自分の体調不良とその後の回復をきっかけに、「何か人のためになる事をしたい、自分を役立てたい」と思って実行に移しました。

「森林ボランティア」「政治活動(地元の若手議員さんを中心に市民の一員として参加)」「地域の清掃・防犯委員」「半農半X(エックス)=農的暮らしと自分の好きな事、得意な事を世に活かす生き方」など。

どれも、それなりに手ごたえを感じました。得るものも多かったと思います。環境破壊の防止。子供や大人たちへ森林整備体験のサポートと教育。大量生産、大量消費、大量廃棄社会解消への取り組み。経済最優先の生き方の是正など。
でも、3年、5年と続けるうちに少しずつ疑問がわいてきました。「これが本当に人のためになっているか」「これが根本的な問題解決につながるか」「永遠、普遍の真の善が何か他にあるのでは」と。

それからしばらくして、「シルバーバーチの霊訓」と出会いました。私は、それまで宗教は大の苦手でした。過去に色々な宗教組織から勧誘された事がありましたが全て断りました。なので、シルバーバーチの霊訓の本を勧められても初めは素直に読む気にはなれませんでした。
「でも、親友のすすめだし、尊敬している稲盛和夫(京セラ創業者)さんが、全国の若手経営者を相手にした経営塾でシルバーバーチの事を熱く語っておられるし、稲盛さんの著書 “ 哲学 ” にもシルバーバーチの事が書いてある。とりあえず霊訓を1冊買って半分くらいまでは我慢して読んでみよう」と思いました。
それが私の幸せの始まりでした!数十ページ読んだところで、「これは、この世の言葉ではない!誰かが考えて書いた文章ではない!」と直感し、神の存在を実感する事ができました。一言一言が魂の奥底まで響き、染み渡って胸が熱くなり堰(せき)を切ったように涙が。これまで抱いていた疑問、不安、不満、迷いなどの訳がはっきりと分かりました。

それ以来ずっと、しがみつくように霊訓を読み続け、ここ数年は、スピリチュアリズム普及会のHPも拝読しています。そこには、「愛の対象の範囲」「与える内容」(何をすれば真に人のためになるのか)などが明確に書いてあります。
与える内容は、1.「霊的真理(知識)」と2.「肉体の維持に必要な最低限の食料や物資」です。
1番目の真理の伝道については、自ら励むとともに、普及活動をしている同志たちと一緒に力を合わせて、正しい理解と正しい実践ができるように取り組み、サポート役にも徹したいと考えています。
2番目については、「食料」に的を絞って注力したいです。自ら米や野菜生産の自給率を上げて少しずつでも分配できたらと考えています。また、十数年やっている野菜の栽培指導を今後も継続し、農にたずさわる人を増やし、生産者(供給者)の育成に努めます。農的な暮らしをする人を増やして、雇用機会の創出、一人一人に合った働き方(適材適所)、やりがい、生きがい、スローで質素な暮らしの実現につなげたいと思っています。

いつの日か仲間たちと一緒に、田畑付きの古民家(真理普及の拠点)で囲炉裏を囲んで、野菜の鍋などをつつきながら、真理を静かに楽しく穏やかに語り合い、時々うたも歌いたいです♫
座右の書「シルバーバーチの霊訓」に加えて、時々この本を一字一句かみしめながら読んでいます。
【辛抱する心】
「どんな人がいい人で、どんな人がわるい人か、それは一概にはいえないけれども、国の法を犯す人はもちろんのこと、おたがいによくない人だと思う人びとは、浜の真砂(まさご)のつきざる如く、昔も今もいっこうになくなりはしない。
 
万物すべてかくの如し。真善美(しんぜんび)を求めるのは、人みなの思いだが、どんなに求めても、美ならざるもの、正ならざるものは、やはりなくなりはしない。それはいつの世にも美なるものと相まじわって存在し、美醜(びしゅう)とりまぜて、それでこの自然が成り立っているのである。この世の中が動いているのである。

だからこそ、おたがいに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人もなかなかなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなかったら、いたずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。

人と人とが相寄って、毎日の暮らしを営み、毎日の働きをすすめているのである。いい人ばかりではない。いろんな人がいる。だからおたがいに、いますこし辛抱と寛容の心を養いたいものである。」(道をひらく「松下 幸之助」)以上

真善美を求めるのは、万人共通の想いです。しかし実際には、正しいこと、偽りのもの、美しいもの、醜(みにく)いものなどが世の中には混ざり合って存在しています。なぜでしょう。“ 偽・悪・醜 ” を振りまいている人は、「これは正しい」「これは良いことだ」「これが美しい」と思っているのでしょう。私も他の人から見れば、未熟なところや表現、足りないところなどが多々あるのでしょう、きっと。

一人一人、心の成長レベルは違います。「真善美」の感覚や尺度も異なります。まさに “ 十人十色、千差万別 ” 、意識の階層は無限です!。そのギャップにホトホト疲れ果ててしまうことがあります。でも、それが修行なのでしょう。この地上で意識の違う人同士がぶつかり合い、苦しみ、悩み、そこから何かを学びとり、正しく乗り越えて心を高めていく。それが人生の目的なのでしょう。いま少し辛抱と寛容の心を養わなければなりません。ふぅ〜〜、ファイト!
【おまけ】
真善美
求める心
みな同じ
いましばらくは
忍と寛容