世界経済を立て直す案。
すべてをタダにする。モノもサービスも全部無料。(全産業無料。政治家等も無報酬。)

コーヒーもタダ、食事もタダ、買い物もタダ、家も、車も全部無料。欲しいモノは何でも手に入る。もちろん自分がやった仕事も報酬なし。

するとこんな疑問が出てきます。遊んでばかりいて働かない人が出てくるのではないか?世界が破滅してしまうのではないか?ぜいたくをする人が増えるのではないか?泥棒が増えるのではないか?

その答えは。遊んでばかりいて働かない人もいずれ飽きて、自分を世のため人のために役立てたいと思うようになる。仕事は社会への奉仕。世のため、人のため、ひいては自分のために、みんなで働かなければ世の中は回っていかない。精神的に成長した人が増えれば世界は破滅しない。ぜいたく(必要以上のモノを入手)して何になるのか。欲望を追っていてもキリがないことを意識の高い人々は知っている。泥棒なんていない。人の持ち物を盗まなくても、たいていのモノはお店で新品がタダで手に入る。

未来の人々は知っている。仕事の目的はあくまで奉仕であって、報酬ではない。だから不必要な仕事はできるだけ作らないようにしている。自分がぜいたくすると、誰かがしなくてはならない仕事を増やし、また貴重な資源を減らしてしまうことをわかっている。
『お金のいらない国』長島龍人著をもとにした私の要約
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この本のことは前から知っていましたが、「理想だけど・・・?」とか「何百年か先には、そんな時代になったら良いなあ」「タイミングが合えばいつか読んでみよう」くらいの気持ちでいました。

でも最近の世界の経済状況と対策などを見ていて、すぐに読みたいと直感的に思って読了。1時間くらいでサッと読める薄い本ですが、内容は濃く大変おもしろい物語です!

「禍(わざわい)を転じて福となす」
新型コロナをきっかけに、世界が心をひとつに合わせ、真の幸福へと転じていきましょう。私たち一人ひとりがその先導役となれますように。
桜のツボミが大きくふくらんで、1つ、2つ、3つ・・・・と花が咲いてきました。

一分咲き、三分咲き、五分咲き・・・・満開、葉桜、紅葉、落葉。季節のうつろいと時の流れを感じながら毎日、毎年、樹木や草花と話をしています。

上を見上げると美しい桜。下を見るとアスファルトの切れ目から顔を出している草、花、苔(こけ)。こちらにも桜と同じかまたはそれ以上に微笑みかけて話をしています。

「おはよう。元気?いつもありがとう。毎年ありがとう。暑い日も寒い日も毎日お疲れさま。」

すると植物も笑顔で言葉を返してくれます。
世間では今、ウイルスの感染が拡大しています。一刻も早く終息し、平穏な日常に戻れるようにと願っています。

この状況を霊的観点から考えますと、私たち人間の「物質中心主義」「利己主義」が招いた結果とも見る事ができます。そしてその根本原因は「霊的無知」です。霊的なことを何も知らない多くの人々は、お金が全て。モノが全て。経済最優先。自分や家族さえ良ければそれでいい。目に見えないものや科学で証明できないものは全て信用できない。

そのような考え方や行動が積もり積もった結果とも考えることができます。

ウイルスの感染拡大防止と終息のために各方面の方々が力を合わせて取り組んでいかなければなりません。その中で私たちスピリチュアリストは、シルバーバーチが伝えてくれた真理を基にして根本原因の解決に努めてまいりましょう。
手洗い、うがい、マスク、栄養、睡眠、適度な運動で免疫力を高めて、ウイルスの感染を防ぐ。

10年前に読んだ記事を久しぶりに読み返しながら、根本原因や解決方法などについて考えています。ご興味のある方は、ネットで全文読めます。その一部を引用して掲載させていただきます。
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出典:スピリチュアリズム・ニューズレター 2010新年号(第48号)スピリチュアリズム普及会(旧:心の道場)

引用(抜粋)
『6.伝染病発生の根本原因も人間がつくったカルマ
 地球上の悲劇の一つが、大規模な伝染病発生による人間の大量死です。歴史上には、ペストなどが猛威を振るって国家の人口の何割かが失われるといった悲惨な出来事もありました。医学が発達した現代においても、インフルエンザやエイズなどの伝染病が人類の脅威となっています。“いつ世界規模で伝染病が発生し蔓延するのか?”――この問題で世界中が戦々恐々としています。
 霊的観点から言えば、こうした伝染病の発生も、すべて人間がつくり出したカルマが原因となっているのです。

●すべての感染症を駆逐(くちく)するのは不可能
 伝染病は、バクテリアやウイルスなどの微生物によって引き起こされます。そのため消毒によって感染を防いだり、ワクチンを開発して免疫的に発病を抑制したり、発症した場合には薬物によって対処しようとします。現在では伝染病に対して、さまざまな防衛対策・対処法が講じられています。
 20世紀における現代医学の発達によって、人類はそれまで高い致死率のために恐れられてきたさまざまな伝染病(ペストやコレラなど)を制圧することに成功しました。この成功体験が、「科学なら何でも解決できる。医学が進歩すればどんな病気も治せるようになるに違いない」といった錯覚を生むことになってしまいました。
 しかし現実には、次々と新しい伝染病が発生する一方で、耐性菌の登場といった困った事態が起こり、常にイタチゴッコの状況が展開しています。このままでは感染症を完全に駆逐することは到底不可能です。

●カルマによる免疫機能へのダメージが、伝染病を引き起こす
 伝染病の発生には、これまで述べてきたような人間がつくり出した「カルマ(神の摂理への違反・不一致)」が深く関係しています。関係しているどころか根本的な原因はカルマにある、と言うことができます。病原菌やウイルスがいなければ、確かに伝染病は発生しません。しかし人間は、細菌やウイルスの大海の中でも生きながらえていくことができるような防御システムを備えています。それが“免疫”ですが、この免疫システムが十分に働くなら感染症を発症しなくてもすむのです。免疫は、人間が地球上で細菌やウイルスと共生できるように、神が準備してくれたものです。
 伝染病の大発生の中にあっても病気にかからずに健康を維持できる人は、免疫システムが健全に働いている人です。伝染病にかかってしまったのは免疫がしっかりと機能しなかったからであり、その原因は本人のさまざまな不調和・カルマにあるのです。
 伝染病の根本原因は、人間の「不調和・カルマ」にあります。人間が多くの「摂理違反(カルマ)」を蓄積させていることが免疫システムにダメージを与え、機能低下を引き起こして伝染病を発生させることになっているのです。

●地球人類共通のカルマが、伝染病の発生に関係している
 地球規模での伝染病の大発生には、地球人類に共通するカルマという点を考えなければなりません。「霊的無知」とそこから生じる“強欲・エゴ”という人類共通のカルマです。地球人類は霊的真理を知らないために物質世界だけをすべてだと錯覚し、より多くの物欲を満たそうと奔走(ほんそう)し、エゴとエゴのぶつかり合う不調和な世界をつくり上げてきました。現在の地球は、「物欲主義」と「エゴイズム(利己主義)」に覆われ支配されていると言っても過言ではありません。一部の権力者が富を独り占めにし、大多数の人間から搾取(さくしゅ)し苦役(くえき)を強いてきました。
 そうした世界に住む人々は、否応なく「心のストレス・肉体のストレス」を蓄積させることになります。そしてその状況から逃れるすべもなく、奴隷のような人生を送ることになっています。こうした「心の不調和・心身のストレス」がカルマとなり、病気を発生させることになるのです。人類全体の「霊的無知」が物欲主義と利己主義を生み出し、地球人類に病気を引き起こしているのです。
 このように伝染病の大量発生には、必ずつもり積もった「人類共通のカルマ」という原因が存在しています。それが本来なら共生関係を保つはずの細菌やウイルスを、人間に病気をもたらす“敵”に変えてしまっているのです。』

出典:スピリチュアリズム・ニューズレター 2010新年号(第48号)スピリチュアリズム普及会(心の道場)
歩いていたら、甘くてさわやかな香りが!?横を見ると、ありました。春のおとずれを告げる花。ジンチョウゲ(沈丁花)。

この香りが卒業、入学、引越し、就職、出会い、別れなどを思い出させてくれます。うすいピンクと白の小さな花びらが集まり、ピンポン球の半分くらいの大きさにまとまってたくさん咲いています。みどりの葉っぱと調和して目と香りを楽しませてくれる春の花。ジンチョウゲ。

そこを通る時だけは、マスクをとって、数メートル手前から歩くスピードを落とし、大きく深呼吸しながら歩いています。

いつも通っている道なのに、今年はじめて気がつきました。家を少し早目に出てゆっくり歩き周りに目を向けると小さな発見や喜びがいろいろあります。

日々の暮らしも同じなのかもしれません。いつもやっている事を、ほんの少しだけゆっくりと心を込めてやってみる。そこから小さな気づきや喜びを自分で見つける、自分で感じとる。

「幸せは、なるのではなく、気づくもの」

スモール・スロー・シンプルにいきましょう。
「その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きることです。明日のことを思い患うことなく、“今”という時に最善を尽くすのです。」シルバーバーチ

仕事やその他のことで、つい考え込むことが多くなる自分に毎日10回以上は言い聞かせている言葉です。

今ここに意識を100%集中しよう。できる範囲で最善を尽くそう。その積み重ねが一日、一ヶ月、一年、一生=人生。

「悩みの種が尽きることはありません。だからこそ地上に来ているのです。すなわち問題を一つ一つ片づけていく中で、新たな力、より大きな発展を獲得していくのです。次から次へと生じる問題を挑戦課題として受け止め、一つ一つ処理していくことです。」シルバーバーチ

困難や辛苦を体験するからシルバーバーチの言葉が身にしみる。平穏な日々・鼻唄まじりののんきな人生だったら今の自分はない。このブログも読書会もない。だから今に感謝。これまでの人生に感謝。これからの人生に活かそう。
近所の梅は、いま五分咲き。

寒い日が続いていますが、梅の花のところだけは早春。

朝いつもよりゆっくり歩いていると梅の花にメジロが!目のふちは白。体は明るい黄緑(抹茶色)の美しい外形と鳴き声の小鳥です。久しぶりに間近に見て懐かしさがこみ上げてきました。

私は子どものころ小鳥が大好きで、九官鳥(人間の言葉を真似る鳥)、インコ、メジロを観賞用に飼ってエサをあげたり、水浴びをさせたりしていました。(メジロは、利益目的の売買が多発したため2007年頃から捕獲・飼育原則禁止になっています。)

学校が休みの日は朝から友だちとパンを持って夕方まで丸一日山でメジロとり。大空を自由に飛び回る小鳥を、自分が仕掛けたワナで地上近くまでおびき寄せ、草むらに隠れて間近かにせまった野鳥をワクワク、ニコニコしながら息をひそめて見ていました。

でも小学生が仕掛けたワナに、そう簡単には掛かってくれません。それでもやっと一匹とった時には友だちと握手して大喜び。大切に優しく育てました。

ある日、捕獲したメジロをオトリにするため小さな鳥カゴに入れ、二匹目のメジロを求めてその日は幼い妹を連れて山へ。でも収穫はゼロ。諦めて二人で帰る途中妹が手を滑らせカゴを落とし、ロックがはずれ大切な小鳥がカゴの外へ!

メジロはしばし感覚が戻らず小枝の上を歩いたり小さく飛びはねたりしていましたが、しばらくするとカゴから放たれたことを知り、「ピピッ、ぴぴっ、ピピーッ・・・」と歓喜の声を上げながらツバサを大きく羽ばたかせ山の上へ上へとうれしそうに帰って行きました。

遠い昔の話ですが、今でもメジロを見かけると子どものころを思い出します。もうすぐ春、3月。
平日は早朝から瞑想をして→祈り→真理の学習→出勤→帰宅→翌朝に備えて早寝。

休日も早起きして→祈り→真理の学習→外出(カフェで学習または農業学校で栽培指導等)→帰宅→翌朝に備えて早寝。

その他のときは、静寂の時間をできるだけ多く確保するようにしています。

私は、一般人から見ると変人なのかもしれません。周りの人たちにつらい想い、悲しい想いをさせてしまっていることでしょう。・・・・・・申し訳ないと思っています。

世間から理解されなくても、真の愛を持って行動すれば、分かってもらえる日が必ず来ると信じています。それが50年先か100年後かは分かりませんが。

今は心の中で「ごめん」としか言えません。言葉にできなくてゴメンナサイ。いつもありがとうございます。
100回目のブログです。100週間継続。自分でも少しビックリです。

日常生活での出来事や感じたこと等をあるがままに書いていますので、簡単と言えば簡単なのですが、でも同時に難しさも感じています。

人間は心と体の調子が良い時ばかりではありません。時期などによっては心身がスッキリしない時が続くこともあります。

自然な感じで書けない時は、「自分が自然の摂理から外れてきているのかも」と考えて、仕事の量や私生活での言動を見直すようにしています。

静寂の時間を確保し自分と向き合い、背筋を伸ばし、自分らしく一回一回をていねいに書き綴っていこうと考えています。

いつも読んでくださりありがとうございます。稚拙ではありますが、何かを感じとっていただけたら幸いです。
父の17回忌で息子と鹿児島(霧島)へ2泊3日の旅をしました。

母、オジ、オバ等と10人でお寺へ。お坊さんがお経をあげてくださり、その後時間をかけて説法をしてくださいました。大変個性的なお坊さんで「仏教への誇り。神道、キリスト教、イスラム教への思い。天皇、安倍内閣、その他の政党への持論」を延々と展開!?。記憶に残る貴重で強烈な時間となりました。帰りの車中ではみんなで明るく楽しく苦笑いしながらその話で持ちきり。

人々の宗教離れの理由の一端を身を持って改めて知ることができました。地域や昔からのやり方をある程度尊重しつつも、墓や、葬式、供養のあり方などについて、自分が学んだことを、聞く耳を持った人に伝えていくことの大切さをここでも痛感しました。

その後みんなで昼食。話に花が咲き過ぎて、アッと言う間に5時間が経過♪おひらき。

田舎なので周りは何も無いけど温泉は近くにたくさんあります。晴れていたら桜島が一望できる高台の露天風呂で、ぬるめのお湯にゆっくり浸かり、一人暮らし8年目の息子と夕焼けを眺めながら久しぶりにたくさんの話ができました。一緒にのんびり過ごしたのは数十年ぶりかもしれません。

夜は母の手づくりの料理を食べながらテレビを消して3人でお話。息子も私も学びの多い3日間となりました。
年末年始のお客様(お得意様)への挨拶まわりが一通り終わりました。

大阪市内を中心に、日ごろお世話になっている企業の代表者や担当者様へ毎年恒例の仕事(営業)です。朝から夕方まで数日続きます。こちらは、代表取締役を含め数人で訪問します。

ここ数年時代の流れでしょうか、足を運んで挨拶まわりをする業者(民間企業)は減ってきているように思います。メールや電話などで済ませたり、年末や新年の感覚も変化してきているのかもしれません。

訪問先では温かく迎え入れていただき、応接室で少しだけ仕事の話をした後はしばし歓談。ゴルフ、お酒、タバコ(禁煙)、グルメ、旅行など、私の苦手な世間話が続きます。話題についていけない私は、ただ笑顔でうなづきながらその場を乗り切っています。

季節は「大寒」から「立春」へと向かっています。アッ!と言う間に一月が過ぎ、一年が過ぎ、一生が過ぎ去ってしまうのでしょう。

その日一日、その場の一時間、今の一分一秒に意識を集中して過ごしてまいりましょう。人生は一瞬です。
静と動。緊張と弛緩(しかん)。山と谷。

仕事も私生活も音楽もメリハリが必要だなと最近つくづく感じています。

スピードを上げて歩けば「ウォーキング」(健康によし)。景色を楽しみながらゆっくり歩けば「散歩」(心にもよし)。

仕事も私生活も音楽なども、一本調子だと疲れたり飽きてしまいます。

速度、量、方法、色、ジャンル、相手、場所、時間帯などを変え、変化を恐れず変化を楽しみ、リフレッシュを心がけましょう。
私たちは色々な体験を通して学んでいきます。両極を知りその中でバランスをとっていきます。

大海も押す波、引く波、高い波、低い波があり一つとして同じものはありません。人も一定でなくてもいいのです。頭や体や気が重い日が続く時もあります。穏やかな晴れの日ばかりではありません。雷雨を体験して晴天のありがたさがわかります。真冬を耐え忍んで春のありがたさがわかります。

変化を長期的視野でながめて楽しみましょう。自然界も人間も「栄枯盛衰(えいこせいすい)」を繰り返しながら進化していきます。