2年前からインターネットテレビの年会員になって、毎週1回2時間の放送を見ています。

言論テレビ 「君の一歩が朝(あした)を変える!」責任総編集・櫻井よしこ
(毎週金曜・夜9持から、櫻井よしこの書斎から生放送します。様々な分野の専門家をゲストに招き、議論しながらオピニオンまで高めていく番組です。)

今週のテーマだけは、辛すぎて見るのを躊躇していました。が、「現実に向き合わなければ」と自分に言い聞かせ見ることにしました。
児童虐待死の問題です。

幼子の結愛(ゆあ)ちゃんが残した言葉。
「もうパパとママにいわれなくても   
しっかりとじぶんから
きょうよりか もっともっとあしたは 
できるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳児の悲痛な叫びです。

現状の問題点、今後の対策などについて専門家を交えて2時間の放送でした。【概要】
“ 我が国の児童相談所の問題、警察の問題、政治の問題などを具体的に論じ、どこに落とし穴があったのかを明らかにしました。(中略)
その第一歩として児童相談所と警察の間での全件情報共有を私たちの力で実現させていこうと約束しました。これからも続けて児童虐待のニュースを追っていきます。以上(番組記事抜粋) ”

私たちの国や世界では色々な問題が山積しています。問題解決のために政治家、行政職員、専門家、NPOなど多くの団体や個人が取り組んでいます。そしてそれなりに成果を上げ、一部では改善もみられているようです。しかし、根本的な解決には至っていません。今後も今しばらくはこの状態が続くことでしょう。

これは、健康のこととも少し似ていると思います。病気になって痛いから、苦しいから病院に行く。薬を飲む。手術をする。症状を抑える、患部を切除する。確かに医学が進歩して、ある意味良い世の中なのかもしれません。でもそれは対処療法です。これでは今後も病人が増え続け、医療費は増大の一途です。ものの見方、考え方、食、生活習慣を見直さないかぎり本当の解決にはなりません。病気にならない生き方(予防)が大切です。
健康に生きるためには、心、食、休養、適度な運動が必要です。

社会問題の解決にも、心がとても大きな要素を占めていると思います。現代社会は「物質中心主義」と「利己主義」に覆われ、それによって引き起こされている1つの現象(悲劇) が “ 精神の堕落・退廃 ” です。この問題の解決なくして「健康な身体」と「健全な社会」は築けないと考えています。即効性のある現実的な対応策と遅効性ではありますが、真の解決に必要な知識(霊的真理)の教育・普及が必要です。

心の問題は目には見えません。心を高める教育などに取り組んでも、どれだけ心が成長したのか客観的に確認はできません。でも、この10年間を振り返ってみると、少しずつではありますが自分や周りの人たちの確実な進化・向上を実感することができます。

「心のあり方が全ての問題解決のカギ、時間は掛かる、自分たちが生きている間には成果は見えないかも。けれど、これが真の解決方法。霊的真理を正しく理解し、正しく実践・普及しよう。」そんな強い信念を持った同志が確実に増え、つながってきています。

「♪一人の小さな手  何もできないけど     それでもみんなの  手と手を合わせれば  何かできる  何かできる〜〜♪(^_^)
」やり抜きましょう。
母から聞いた話です。
叔母(おば)が少し愚痴を言っていたそうです。叔母 :「夫の姉夫婦が法事と観光を兼ねて、4泊5日で泊まりに来る。掃除もしておかないといけないし、三食の準備も大変。はぁ〜。」
母 :「カナエ(叔母) ちゃん “ しが なっで よか ” (鹿児島弁)と考えたほうがいいよ」と言ったそうです。

「しが  なっで  よか」とは?=「することが  できて   よい」= つまり相手のために犠牲を払えることは幸せなこと、喜ぶべきこと、の意味。「憂鬱だな、面倒だな。なぜ私がしないといけないの?」とかの思いが出てきそうになったら、「しが  なっで  よか」と心の中で唱えたら気持ちが軽くなります。やる以上は丁寧に気持ち良くやったほうがいい。鹿児島では聞き慣れた普通の言葉なのですが、母の考え方と説明に「なるほど!そうか」と目からウロコでした。

衣食住が満たされ、元気で、人のために奉仕ができるのは幸せなことだと思います。

7年くらい前に聞いたシンプルな言葉ですが、時々思い出して自分に言い聞かせています。

「しが  なっで  よか」=「することが できて   よい」=「 他人のために自分を活かせる機会に恵まれ、役立つことは良いこと、ありがたいこと」と考えていきましょう。きょうも笑顔で(^_^)
15年くらい前、自分の体調不良とその後の回復をきっかけに、「何か人のためになる事をしたい、自分を役立てたい」と思って実行に移しました。

「森林ボランティア」「政治活動(地元の若手議員さんを中心に市民の一員として参加)」「地域の清掃・防犯委員」「半農半X(エックス)=農的暮らしと自分の好きな事、得意な事を世に活かす生き方」など。

どれも、それなりに手ごたえを感じました。得るものも多かったと思います。環境破壊の防止。子供や大人たちへ森林整備体験のサポートと教育。大量生産、大量消費、大量廃棄社会解消への取り組み。経済最優先の生き方の是正など。
でも、3年、5年と続けるうちに少しずつ疑問がわいてきました。「これが本当に人のためになっているか」「これが根本的な問題解決につながるか」「永遠、普遍の真の善が何か他にあるのでは」と。

それからしばらくして、「シルバーバーチの霊訓」と出会いました。私は、それまで宗教は大の苦手でした。過去に色々な宗教組織から勧誘された事がありましたが全て断りました。なので、シルバーバーチの霊訓の本を勧められても初めは素直に読む気にはなれませんでした。
「でも、親友のすすめだし、尊敬している稲盛和夫(京セラ創業者)さんが、全国の若手経営者を相手にした経営塾でシルバーバーチの事を熱く語っておられるし、稲盛さんの著書 “ 哲学 ” にもシルバーバーチの事が書いてある。とりあえず霊訓を1冊買って半分くらいまでは我慢して読んでみよう」と思いました。
それが私の幸せの始まりでした!数十ページ読んだところで、「これは、この世の言葉ではない!誰かが考えて書いた文章ではない!」と直感し、神の存在を実感する事ができました。一言一言が魂の奥底まで響き、染み渡って胸が熱くなり堰(せき)を切ったように涙が。これまで抱いていた疑問、不安、不満、迷いなどの訳がはっきりと分かりました。

それ以来ずっと、しがみつくように霊訓を読み続け、ここ数年は、スピリチュアリズム普及会のHPも拝読しています。そこには、「愛の対象の範囲」「与える内容」(何をすれば真に人のためになるのか)などが明確に書いてあります。
与える内容は、1.「霊的真理(知識)」と2.「肉体の維持に必要な最低限の食料や物資」です。
1番目の真理の伝道については、自ら励むとともに、普及活動をしている同志たちと一緒に力を合わせて、正しい理解と正しい実践ができるように取り組み、サポート役にも徹したいと考えています。
2番目については、「食料」に的を絞って注力したいです。自ら米や野菜生産の自給率を上げて少しずつでも分配できたらと考えています。また、十数年やっている野菜の栽培指導を今後も継続し、農にたずさわる人を増やし、生産者(供給者)の育成に努めます。農的な暮らしをする人を増やして、雇用機会の創出、一人一人に合った働き方(適材適所)、やりがい、生きがい、スローで質素な暮らしの実現につなげたいと思っています。

いつの日か仲間たちと一緒に、田畑付きの古民家(真理普及の拠点)で囲炉裏を囲んで、野菜の鍋などをつつきながら、真理を静かに楽しく穏やかに語り合い、時々うたも歌いたいです♫
座右の書「シルバーバーチの霊訓」に加えて、時々この本を一字一句かみしめながら読んでいます。
【辛抱する心】
「どんな人がいい人で、どんな人がわるい人か、それは一概にはいえないけれども、国の法を犯す人はもちろんのこと、おたがいによくない人だと思う人びとは、浜の真砂(まさご)のつきざる如く、昔も今もいっこうになくなりはしない。
 
万物すべてかくの如し。真善美(しんぜんび)を求めるのは、人みなの思いだが、どんなに求めても、美ならざるもの、正ならざるものは、やはりなくなりはしない。それはいつの世にも美なるものと相まじわって存在し、美醜(びしゅう)とりまぜて、それでこの自然が成り立っているのである。この世の中が動いているのである。

だからこそ、おたがいに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人もなかなかなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなかったら、いたずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。

人と人とが相寄って、毎日の暮らしを営み、毎日の働きをすすめているのである。いい人ばかりではない。いろんな人がいる。だからおたがいに、いますこし辛抱と寛容の心を養いたいものである。」(道をひらく「松下 幸之助」)以上

真善美を求めるのは、万人共通の想いです。しかし実際には、正しいこと、偽りのもの、美しいもの、醜(みにく)いものなどが世の中には混ざり合って存在しています。なぜでしょう。“ 偽・悪・醜 ” を振りまいている人は、「これは正しい」「これは良いことだ」「これが美しい」と思っているのでしょう。私も他の人から見れば、未熟なところや表現、足りないところなどが多々あるのでしょう、きっと。

一人一人、心の成長レベルは違います。「真善美」の感覚や尺度も異なります。まさに “ 十人十色、千差万別 ” 、意識の階層は無限です!。そのギャップにホトホト疲れ果ててしまうことがあります。でも、それが修行なのでしょう。この地上で意識の違う人同士がぶつかり合い、苦しみ、悩み、そこから何かを学びとり、正しく乗り越えて心を高めていく。それが人生の目的なのでしょう。いま少し辛抱と寛容の心を養わなければなりません。ふぅ〜〜、ファイト!
【おまけ】
真善美
求める心
みな同じ
いましばらくは
忍と寛容

自分とは・・・・人間、息子、兄、会社員、土地家屋調査士、測量士補、宅地建物取引士、夫、親、上司、部下、同僚、野菜の栽培指導員、ファーマー、シンガーソングライター、ブロガー(ブログの筆者)、スピリチュアリスト、霊。・・・・計18コ。

私は、それぞれの役割を遂行することの難しさを痛感し悪戦苦闘の日々です。
あなたには、いくつの役目があるでしょうか?責任を全う出来ているでしょうか?。周りの人々や動植物のために、それぞれの立場で使命を果たしていきましょう。

心を高め、愛のスターター(出発者)として、先に愛し、ずっと愛し、相手を選ばず、摂理にそった正しい真の愛を注ぎ続けていきましょう。なかなか難しいけど、少しでもそうありたいと願っています。そうすればきっと、いや必ず、調和と平和が訪れます。

ここで言っている “ 愛 ” は、「おもいやり」や「慈悲心」などを含む “ 利他愛 ” のことであり、恋愛や家族愛とかの利己的な愛ではありません。

真の愛(利他愛)には、忍耐と寛容性が要求されます。一日一日、一瞬一瞬を摂理にそわせる地道な努力が必要です。一日に一度は、自分の言動や考え方を振り返る静かな時間を確保して「摂理に合っていたか?利己的な思いはなかったか?これが本当の利他愛につながるか?」などについて内省が必要です。

心(魂)の成長は、ゆっくりすぎて、小さすぎて目には見えません。 “ 大海のひとしずく ” のように思えてしまいます。しかし、 “ 千里の道も一歩から ” の言葉どおり、どんなに遠く険しく困難に思えることでも、まずは手近なところから着実に努力を重ねていけば、事を成就できる。目標に近づける、と考えています。
一晩で出来上がったものや一気に成長したものは、一瞬にして崩れ去ったり、剥(は)げ落ちたりします。長い年月をかけ、たゆまぬ努力をし少しずつしっかりと織り上げた心(魂)は、永遠の輝きを放ち光量を増し続け、不動の信念が確固たるものとなっていきます。

それぞれのポジションで試行錯誤しながら良き道具として最善を尽くしていきましょう。
サラリーマン川柳にならって、真理の実践について「真」と「偽」の観点から作ってみました。駄作ですみません。
【霊優位の努力】
「真」
日常を
霊主肉従(れいしゅにくじゅう)
我(われ)律す
「偽」
肉優位
“ 冷酒肉汁 ”?
エゴイスト

【利他愛の実践】
「真」
利他愛は
動植物へ
愛そそぐ
「偽」
利 “ 多 ” うまく
我田引水(がでんいんすい)
墓穴ほる

【霊的真理の普及活動(伝道)】
「真」
真理知り
普及に励む
実践者
「偽」
真理知り
知識レベルで
悦に入る

【苦しみへの正しい対処】
「真」
苦しみを
プラスに転じ
糧にする
「偽」
苦しみを
嘆き悲しみ
愚痴こぼす
以上
自分で作っていて「ドキッ」としました!(内省)
ともに日々の実践に励みましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
【おまけ】
誠実に
真実一路
一歩ずつ
元気な老後に向けて、今のうちから少しずつ運動習慣と筋肉(筋力)をつけておこうと考えて、スポーツクラブに通い始めて丸1年になります。

心身のコンディションをベストに保って、自分の出来ることを少しでも長くコツコツやり続け、微力ではありますが、より良い世界に出来たら、と思っています。

スポーツクラブには、仕事帰りにほぼ毎日通って水泳を。仕事が休みの日には、筋トレ、ストレッチ体操、ヨーガなどを実施。月に1回身体測定をして、体重、筋肉量、体脂肪率、身体の部位別サイズなどを数値で確認しています。
残業で帰りが遅くなった時や、疲れが溜まっている時は、運動量を減らしたり、休んだりしていますが、2、3日休むと身体がだんだん重たくなって、ジムへ行くのが億劫になり、つい楽なほうへ流され足が遠のいてしまいます。

最近ふと「これって人生に似ているな」と思いました。

シルバーバーチはこう言っています。「人間はこの世に、心を高めるために来ています。自分の意志で自ら願い出て生まれて来ています。地球はトレーニングセンターです」と。地上は修行場、試練の場です。

試練とは「練習の機会を与えられ、試されている」と言うことです。練習の場があると言うことは、本番があると言うことです。本番とは、 “ あの世 “ のことです。“ あの世 “ の時間は永遠に続きます。そこが私たちの本来の居場所です。この世での地上生活は、100年ほどで幕を閉じます。この人生の中で「いかに心を鍛え、高められるか」人間が生きる目的はこれ一点のみです。とてもシンプルです。

では、どうやって心を成長させるのか、シルバーバーチは、明確に示してくれています。1つ目は、色々な欲(金銭欲、物欲、名誉欲など)を自分の意志でコントロールして抑制すること。2つ目は、利他愛の実践(世の中をより良くするために自分を役立てること)。3つ目は、苦しみへの正しい対処です。
この3つのことを忠実に実行すれば、目的を達成できます。

実践していく過程で疲れが溜まってきたら、十分な休養が必要です。そしてまた実践に励む。自分の意志で願い出て、この地球という ” トレーニングセンター “ に来ているのですから、心を鍛え高めなければなりません。

自分の心が、どれだけ成長したか、この世では測定できません。でも、あの世に行ったら、一人一人の心の状態(考えていることや、清らかさなど)が誰の目にもはっきりと分かります。包み隠しは一切できません。丸見えです。

今のうちから日常生活で “ 摂理にそった正しい生き方・考え方 ” の習慣をつけておかないと、一朝一夕には変われません。
あの世に行って丸裸にされても、堂々と暮らせるように、日々、心と体の引き締めに努めたい、そう考えています。
一難去ってまた一難!「ふぅ・・・。何でこんなに次から次へと難しいことや、ややこしいことが降りかかってくるんだろう?。」ココロもカラダもグッタリすることがあります。

「苦しみや困難が心を高めてくれる」「成長の糧になる」「原因と結果」「未熟な自分を成長させるために、自分で選んだ人生」そう自分に言い聞かせ、頭では理解しているつもりでも、いざ困難に直面すると乗り越えるのに色々な苦しみが生じます。

そして、自分自身に聞いています。
「これが正しく乗り越えていることになるのか」「他に選択肢はないのか」「ただひたすら耐え忍んだほうがいいのか」「勇気を出して現状を打破するくらいの意気込みで行うべきか?それとも周りとの調和を尊重して穏やかに進めたほうがいいのか」「自分なりの勝手な判断をしていないか」等々・・・・。
仕事やプライベートで一日中こんな事を考えていると、心身のエネルギーが枯渇してしまいます。

そんなとき私は、水泳をして、天然素材100%の栄養スープを飲んで、できるだけ早く寝て、早朝に霊的真理をじっくり読み込んでいます。
「苦しいからと言って、カルマにカルマを重ねてはいけない」「摂理から外れたツケがいま現れている」「リセットするチャンス」「いま摂理にそった良い種を蒔けば必ず良い結果が現れる」「霊的成長の糧!」と、何度も何度も、すぐに忘れてしまう自分に言い聞かせています。

「自分は未熟だから今ここにいる」「流れるな涙、心で止まれ♪」「苦しみを正しく乗り越えるために、真理にしがみつき上を向いて歩こう」。きょうも出来るだけ笑顔でいきましょう。
長い “ ひとりごと ” でした。
月に一度、神戸で読書会に参加させてもらっています。
今月は主催者様が会のはじめに、「みんなで歌をうたいましょう」と仰って2曲印刷した歌詞を配布してくださいました。1つは「フニクリ フニクラ♪」もう1曲は「リパブリック讃歌🎶」。

全員起立して、合唱団のCDの歌声に合わせて一緒に歌いました。はじめは、ちょっと恥ずかしかったり、歌い慣れていなかったので小声でした。でも、2、3回歌っているうちに大きな声と調子と元気が出てきました。

次回は、もっとしっかり歌いたい、そう思って、小型のレコーダーに録音して、仕事の行き帰りに歩きながら聞いて練習しています。
この歌を聞いていると元気が出てきます。自然と太ももが高く上がり、背すじがピンと伸び、両腕を前後に大きく振って、まるで運動会の入場行進のような感じで歩いてしまいます。

合唱団の女性の声が流れるように美しく響きます。そしてそこに男性の歌声の力強さと重みが加わり一体となって、美しいハーモニーが生まれます。

歌には不思議な力があると思います。歌詞と曲とリズムが一つになって、人の心を癒してくれたり、穏やかな気持ちにしてくれます。まるで自分の事を歌ってくれているかのような歌詞や、聴いた瞬間にポロポロ涙が流れ落ちてくる曲などもあります。一瞬で何十年前、何百年前に戻って “ はっきり、くっきり “ その時を思い出すような感覚になる事があります。その時の “ 風や気温や草花の香り ” まで鮮明に蘇ってくる事があるので、とても不思議です!

私は音楽については素人です。でも、ギターの弾き語りを、ほぼ毎月ライブハウスなどでさせてもらっています。
まだ、オリジナルは2曲しかありませんが、霊的真理をできるだけ分かりやすい言葉で歌詞の中に入れこんで、小さな種を一粒でも多く蒔きたいと考えています。

兵士が武器を置きたくなるような歌ができますように。(祈り)
私には特技があります。それは、草花や野菜や樹木と話が出来るということです。人に笑われるかもしれませんが、本当にそうなんです。
家からバス停まで歩く間に、近所の植木鉢に植えてある花や、ブロック塀に張り付いたコケや、マンホールのフタのくぼみに溜まった微量の土の上でたくましく生きている小さな草などに朝晩あいさつをしたり、人に気づかれないようにそっと手を振ったりしています。
すると草花は、ちゃんと言葉を返してくれて、手も振ってくれます。

週末は野菜づくりで、この時期は種を蒔いたり苗を植えたりしています。種を蒔く時も「ちゃんと芽を出してね。待ってるから。でも、ゆっくりで良いよ」と言いながら蒔くと10粒中ほぼ全部可愛い芽を出してくれます。

実家に帰った時は、樹齢100年くらいの大先輩の桜の木と話しをしています。子どもの頃お世話になったお礼や、お互いの近況を桜の木と語り合っています。とても楽しいです。

「そんなの気のせいだ」と言う人もいるかもしれませんが・・・・。何と言われても良いのです。私の中では本当なのですから。
心の持ち方一つで気持ちが大きく変わります。あの世に行ったら、なおさら、それがストレートに強烈に現象化します。今のうちから良き思いを持つ訓練が必要だと思います。思念が現実をつくるのですから。
毎日通る道があります。足元を見たらアスファルトの割れ目から小さな可愛い花が顔を出していました!「すごい!誰も種を蒔いていないのに、こんな厳しい環境の中で根を張って花を咲かせているんだ!」と思い、そのたくましさと、心を和ませてくれる名前も知らない花に、しばらく見とれていました。
自然界の植物の種は、風や小鳥たちが運んでくれて、種が落ちた所で根を張って自分の一生をまっとうします。種は、「この場所がいい」とか、「あそこで咲いて暮らしたい」とかの選択の自由はありません。自分の意志に関係なく、タンポポのように風にゆられ自然落下した所でしっかりと生き抜きます。

では、人間はどうでしょう。好きな場所に住んでいても、気に入らなければ引越しできます。好きな仕事をはじめても、思うようにいかなければ職場や職種を変えることができます。好きな人と一緒に暮らしていても、気まずくなったら離れることができます。

シルバーバーチは、「人間は皆、自分が生まれる国も場所も両親も、環境も、生まれる時期も自分の意志で選んで生まれてくる」と教えてくれています。

自分の自由意志で選択して生きることができるこの恵まれた人生を、自分の思い通りに行かないからと言って、「誰かのせいにしていないか?不満に思っていないか?文句を言っていないか?」時どき自問自答しています。
新緑が美しい季節になりました。ほぼ毎朝木の下に立って、風にゆれる若葉を見上げ、ゆっくり大きく深呼吸して、小さな幸せを感じています。

毎年この時期になると、ギターを弾きながら歌う歌があります。♫「柱のきずは おととしの 五月五日の せいくらべ  ちまきたべたべ にいさんが はかってくれた せいのたけ・・・・♩」(童謡:背くらべ)

数年に一度実家に帰ると、私はいつも一本の柱に目がいきます。そこには、幼いころ、父が毎年背丈を測ってくれた私たち三人兄妹の印と名前が黒のマジックで書いてあります。柱もだいぶ黒ずんで色あせてきていますが、とても懐かしい思い出の柱です。この時期、新緑の香りと、みずみずしい若葉を見ると、そのことを思い出します。

父が他界して今年で15年が経ちます。父は40代のころから死後の世界について書かれた本を熱心に読んでいました。
私がシルバーバーチの霊訓に出会ったのは、父が亡くなってから三年後でしたので伝えることはできませんでした。母には、帰った時に霊的真理について話してあげるようにしています。

真理を自らが正しく理解し、シルバーバーチの霊訓を一人でも多くの人に伝えていくことの必要性を強く感じています。

4月末、霊的刺激を受ける大変良い出来事がありました。この恩恵と感動をしっかりと今後の行動につなげたいと思い、その翌日、同志と臨時会合をひらき実践内容を確認し合いました。